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第20話 結果発表と暗雲

ヴァルキリアフェスのオーディションの次の日の正午、奏の家でオーディションの結果を見るために奏はスマホに齧りついている。

当日にマリアが言っていた通りかなりハイレベルな出場者達であったし、あのトラブルの件も相まって気が気でない様子である。

先程からブツブツと何やら独り言を呟いている。


「落ちたら終わる…落ちたら終わる…落ちたら終わる…。」


「か…奏…。さっきから本当に怖いよ…。絶対大丈夫だから落ち着こうよ!」


凛桜が奏を落ち着かせようとアイスコーヒーを奏に注いであげた。

しかしそんな事には目もくれずにひたすらスマホとにらめっこをする奏。凛桜はそんな様子を見て腰に手を当てため息をつく。

その時奏が勢い良く立ち上がる。


「き!きた!オーディションの結果が更新されてる!」


「ほ!ほんとに!?早く見ようよ!」


「う…うん…。」


奏はゴクリと唾を飲み込み、震える指で結果の所をクリックする。胃が口から飛び出るどころか内臓全てを吐き出しそうになる。そしてしばらく読み込むと次のページが表示される。


  〜オーディション結果 上位5組の発表〜


1位 東條 瑠璃

2位 ビースカッシュ

3位 ドミノ=ドミノ

4位 KANADE

5位 関西ロック楽団


その結果を見た奏は目を見開いてプルプルと仔犬のように震えながらフリーズする。


「え?え?奏!?どうだったの!?なんかその変な顔で震えられると凄く怖いんだけど!」


凛桜の天然悪口が炸裂しても奏は変わらず反応しない。堪らず凛桜が目を覚まさせるために奏にビンタをしようと歩み寄った時、急に奏は『よっしゃーー!!』と渾身のガッツポーズを決める。


「オーディション突破だーー!!!4位ってのが不服だけどまぁ良いでしょう!!」


「おぉ!!本当におめでとう!良かったね!奏!」


2人は抱き合いながらピョンピョンと跳ねてお互い喜びを噛み締める。

それは母と奏の夢へとまた大きな一歩を踏み出した瞬間であった。


「あのライバルの瑠璃さんって人は何位だったの?」


「くそ…。あいつは1位だったよ…。確かに凄かったけどビースカッシュさんより上って事はないと思うんだけど。あいつ…なんか裏でやらかしてるんじゃないだろうな…。」


「私は奏のライブを見終わった後は余韻でボーッとしてたら瑠璃さんの歌が聞こえてきて…それはハッと起こされるような歌声だった。でも私も奏より上だったかって言われるとなんかなぁって思うよ。」


奏はスマホをベッドの方に軽く投げ置き、ベランダのカーテンを勢い良く開ける。

まるで奏を照らし出すスポットライトのように太陽の光が射し込んできた。そしてもうすぐ『熱い』夏が来ることを予感させるような濃い青色をした空を見上げて奏は言う。


「FINALでは絶対にあたしがヴァルキリアフェスへの切符を手に入れる!見ててね!凛桜!」


無邪気な満面の笑みを浮かべて奏は凛桜を真っ直ぐな目で見る。

凛桜はその笑顔を見て、夢へと着実に近づく奏をずっと応援したい気持ちと、奏がどこか遠くへ行ってしまいそうな切ない気持ちの両方を感じていた。


「うん!私は奏をずっと見てるからね!頑張ろう!」


「FINALオーディションは今月末だからあと2週間ぐらいかな…。テレビでも生放送されるみたいだし気合い入れないと!その日のために新曲も制作中なんだ!」


そして奏はギターを手に取り、心底嬉しそうに弾き語りを始める。凛桜はベランダから吹き抜けてくる暖かい風に髪をなびかせ、目を瞑りながら奏の歌声に身を委ねるのだった。

このまま時間が止まればいいのにと思いながら。



同時刻、閑静な住宅街に一際大きな和風建築の豪邸がある。それは庭園を有する程立派な家で、巨大な木の門の横には『東條』という表札がかかっている。

その家の広いリビングの真ん中で瑠璃と瑠璃の母の東條 真央が外国製のテーブルを挟んで向かい合い会話をしている姿があった。


「お母さん、フェスのオーディションを1位で通過したよ。」


「そう、良かったわね!さすが私の娘ね。」


「でも…自分の中では1位になれるなんて絶対にありえなかった…。お母さん…なんかした…?」


黒いドレスに身を包んだ真央はゆっくりと湯気の立つ紅茶を一口飲みながら仕方がないといった表情で語りだす。


「あの奏って子が昔からライバルだったんでしょ?確かに歌は上手かったけどあなた程ではなかったわ。でも一応少々裏から手を回してあなたが1位になるよう導いたの。私の娘だから確実に1位を取ってもらわないとね。」


それを聞いた瑠璃はバンッと両手でテーブルを叩き、怒りで身を乗り出しながら大声を張り上げる。


「余計な事しないで!!私は私の実力で必ずヴァルキリアフェスに出るから!!あの奏のトラブルもお母さんが仕組んだ事なの!?」


「さぁ…?何のことかしら…。」


取り乱す瑠璃を意にも介さず落ち着いた雰囲気で紅茶を口に含む真央の姿は、全てを知っている事を示していた。

瑠璃は今まで母に干渉されっぱなしの人生であった。それが嫌でも強く母に当たれない自分がいる。

今回も言いたいことは山程あるはずなのに、東條 真央という自分にとって最大の壁を前にして段々とさっきまでの勢いは弱まっていった。


「本当に…もう…やめてほしい…。お母さんに恥をかかせるような事はしないから…。」


「分かったわ。頑張ってね、瑠璃。」


分かったという返事になんの感情も籠もっていない事を瑠璃は悟っていた。今までもこの調子だったからだ。

何を言っても無駄だということも分かっていたし、所詮自分は母の経歴を一際輝かせるための道具でしかないと理解もしている。

そのため、どれだけ辛かろうが子供の頃から母の評判を下げないように努力をして頑張ってきた。

そんな中でやっと初めて自分で決めたヴァルキリアフェスへの道、それすらも母の干渉でないがしろにされたくはなかった。

ライバルである奏に失望されないためにも。


「じゃあ…部屋に戻るね。FINALの準備があるからら…。」


そう言うと瑠璃は自室に戻り、暗がりの中虚空を虚ろな目で見つめる。

生まれてからずっと鳥籠の中の自分はここから抜け出す事はできるのだろうか。

籠から抜け出す心の変化をあの日与えてくれた歌声だけが瑠璃の頭の中に鳴り響く。



そして場所は変わって、アマネのお店前で奏と凛桜はマリアと待ち合わせをしていた。

オーディションの結果報告と突破祝いをするためだった。

しかし、少し遅れるとマリアから連絡があったため、奏達は店内に先に入って待つことにした。

迷惑をかけっぱなしのアマネにもこの勝報を早く伝えたかったのだ。

カランカランとドアを開けて入るといつも通り『おかえりなさいませお嬢様!』と元気なメイドさん達のお出迎えがあった。

しかしその中に2人の頭の片隅にこれっぽっちも予想していなかった人物がメイド服を着てこちらを笑いながら見ている。

その人物を見ていると心の底からゾワゾワと恐怖などが入り混じった感情が込み上げてくる。


「せ!!雪さん!?なんでここに!?」


「やばいよ凛桜!!早く逃げないと!!」


2人が飛び出すように急いで店から出ようとすると『ちょっと待って!』とアマネの2人を引き止める声が聞こえた。

その声に反応して奏達は足を止め、アマネの方へと心配そうな顔で振り返った。

そこにいたのは何事もないかのように落ち着いたいつも通りのアマネの姿だった。


「驚かせたみたいでごめんね。色々あって雪ちゃんはうちで働いてもらうことにしたの。昨日から私の家で寝泊まりしてるしね。」


「ど…どういうことですか…?」


凛桜のなにも理解できていない顔を見て、周りに誰も居ない店の一番奥の席へと移動してからアマネは昨晩の出来事を2人に説明した。アマネの隣には少しふてぶてしい態度の雪が両手を組みながら立っている。


「……っていう訳なの。雪ちゃんも色々とやり直したいみたいだからよろしくね!」


「い…いや!よろしくって言われてもあたしは命を狙われてるんですよ!」


「もう雪はお前の事なんて眼中にないから安心しろよな。でもあんまフザケてると殴るぐらいはするからな!」


「コラ!雪ちゃん!仲良くするって約束でしょ!」


アマネに叱られた雪は『ごめんなさい…』とシュンとなり大人しくなった。雪ももう23歳になるのだがアマネの前ではまだまだ子供のような反応を見せる。

そんな反省した雪を横目にアマネは話を続けた。


「それでね、雪ちゃんから2人に大事な話があるみたいだから聞いてあげてほしいの。」


「わ…分かりました…。」


凛桜が恐る恐る雪を見ながらそう了承すると、雪は2人の前にズイッと出てきて偉そうな感じでニヤつく。


「今から雪がお嬢達の今の状況を説明するね!ぶっちゃけかなりヤバいから覚悟して聞くように!!」


まだまったく整理ができていない2人を差し置いて、雪は凛桜達を取り巻く恐ろしい状況を説明しだすのであった。

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