第13話 悪意と悪意の邂逅
凛桜達が雪に襲われた日の夜、ここはミナミにある有名なクラブ『Hell Hole』。
そのVIPルームに羽山の側近の石田が訪れた。
ホール全体を七色に光らせる照明、そんな中大勢の若者たちが大きな音楽で踊り狂っている。
こんな場所ではスーツ姿の真面目な風貌の石田は嫌でも目立ってしまう。石田は羽山に頼まれた用事を早く済ませて帰ろうと事を急いだ。
酒に酔っているのか目の焦点が合っていない者が多い。VIPルームの前で待たされている石田は困惑してしまう。
(なんなんだ、ここの客達は…。これは酒意外のクスリか何かに手を出しているんじゃないのか…。なんたって羽山さんはこんな危険な場所を根城にしている者達に頼み事なんか…。)
石田が壁際で極力誰にも絡まれないように俯き加減で待っていると、石田の2倍はありそうな体格の黒人の男性が石田を呼んだ。
それに従って石田はVIPルームの中に入る。
「失礼します。羽山から頼まれ事を任されました石田と申します。鬼山様はおられますでしょうか?」
その部屋は青白い照明がほのかに照らしているだけなので暗く、あれだけ大きかった音楽の音もほんの少ししか聞こえてこない。中央には大きなテーブルに沿うようにコの字型にソファーが置かれている。
ソファーにはタトゥーなどが入った男女数名がシャンパンなどを飲みながら座っている。
その1番奥に座っていた黒髪を後ろに縛った男がゆっくりと口を開く。
「俺が鬼山やけど、なんや…?」
答えてきた男はとても声が小さかったが威圧感が凄まじく、その小さい声を聞き漏らせば大変な事になると想像に難くなかった。
こんなオーラを発せれる人間は政界でも数人しかいないだろう。石田は手に汗を握りながら答えようとするが、自然と声が震えてしまう。
「は…羽山様から人探しのお願いがあり…、この人を鬼山様に探してもらい、捕まえてほしいと…。」
石田はスーツの内ポケットにいれていた写真を取り出す。
この写真は用心深い羽山が願いを叶えてもらう時に隠れて撮っていた凛桜の映像を切り取った画像であった。
画像は少々粗いが凛桜の顔だとハッキリと分かる。
その写真を手に取り鬼山は石田を威嚇するように睨みつける。
「そうか…で?報酬はなんぼ?」
「て…手付金で500万、成功報酬で500万の合計1千万です。」
「ちゃうな…。手付金で5000万、成功報酬で5000万の合計1億や…。」
「え?いや!それはその!」
石田は自分に与えられた権限を大きく超える金額の提示に慌てふためく。
鬼山は怪しげなハッパを巻いた紙タバコに火を点ける。それを大きく吸って煙をゆっくりと吐き出す。
「羽山のおっさんに確認してみぃ。」
その一言で石田は羽山に確認の電話を入れる。
電話が繋がると石田はまくし立てるように説明をする。
「は!羽山さんですか!?あの!鬼山様が報酬は合計1億を提示されてきまして!」
電話口の羽山は舌打ちをして歯軋りの音も微かに聞こえる。
「ちっ…鬼山のクソガキが…足元を見てきやがって…。良いだろう、想定内だ。そのまま話を進めろ。俺も用事が済めばすぐに大阪に向かう。」
そう話すと羽山は一方的に電話を切った。
石田は許可を貰えたことを早口で鬼山に伝えた。
「せやろ?羽山のおっさんは太っ腹やからなぁ。俺らに頼み事なんかよっぽど切羽詰まってるんやろ…。ほな明日手付金の入金が確認されたら動いたるわ。」
「あ!ありがとうございます!羽山にはそう伝えておきますので!それでは私はこれにて!」
適当にサッと頭を下げて石田はその場を足早に逃げるように帰った。
鬼山は渡された凛桜の写真をテーブルの上に置き、近くにあったフォークで写真に映る凛桜を勢い良く刺す。そしてソファーに大きくもたれながら悪魔のような笑顔でこう言う。
「久々になんか楽しい事が起きそうやなぁ…。」
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次の日、凛桜と奏はアマネのお見舞いに行くため、アマネが運び込まれた病院に来ていた。
受付で手続きをしてアマネのいる病室へと向かう。
アマネのいる個室の病室の前へと到着し、緊張しながらドアをノックする。
「アマネさん、奏です!凛桜とお見舞いに来ました!」
『はーい、どうぞ!』とアマネの返事があったのでゆっくりとドアを開けた。
そこにはベッドで上半身を起こしてこちらに手を振るアマネと少し怒った表情のマリアがいた。
「マリアさん!?えっ!なんで!?」
「あたしとアマネは中学の同級生なのよ!で、あんた達!さすがにこんな事になった説明はしてくれるんやね!?」
まずマリアとアマネが同い年ということに奏達は驚いた。
アマネはどう見ても20代後半にしか見えなかったからだ。
ポカーンとしている2人にマリアは何か察したのか。
「あんた達…見た目や歳の事で驚いてるならドツくわよ。アマネが異常なだけであたしも若く見られるんだからね!!」
「まぁまぁ則夫ちゃんも落ち着いて!私の傷は気にしないでね!後3日もすれば退院できるから!」
「本名で呼ばないで!!」
「で、凛桜ちゃん達はお見舞いに来ただけって感じじゃなさそうやね?」
あの時と同じでアマネは優しく諭すように笑いながら話してくれるので、奏達の緊張は少しほぐれたみたいだった。
「アマネさん…実は…。」
「奏待って!私がちゃんと説明するから…。」
話そうとする奏を制して凛桜が前に出た。
そして凛桜は自分の事、神代村の事、なぜ雪が襲撃してきたかなど全て隠さず説明した。
マリアとアマネとは知り合って浅いが信用に足る人物だと感じていてからだ。
全てを聞いたマリア達は眉間にシワを寄せて何やら考え込んでいる。
凛桜は2人に信じてもらえずに『見捨てられるのかな、きっと面倒臭い事に巻き込まれたくないよね…。』と思っていると、アマネがこの重い空気を気にせず話し出した。
「凛桜ちゃんすごいね!!ちょっと私も願い事してみようかしら…。」
「凛桜!それは性別を変える願いも受け付けてくれるん!?」
2人の想像とは真逆の反応に凛桜は驚く。
「わ…私のせいでアマネさんは傷を負って…マリアさんにも迷惑をかけてしまって…。私が村を逃げ出したから…。」
段々肩を落としていく凛桜を奏が支える。
そんな2人を見てアマネは守ってあげたいと心底思い。
「凛桜ちゃん、奏ちゃん。本当になんも気にせんでええからね。むしろ私と則夫ちゃんでなんとか守ってあげるから!」
「本名はやめてって言ってるでしょ!まぁ2人共!こんな時は大人に頼りなさい!」
アマネ達の見返りを求めない本当の優しさに触れて凛桜は安心を得る。
奏に続き、アマネやマリアといった自分を疑わず受け入れてくれる人に出会えた事が奇跡のように感じた。
凛桜は2人に対して涙ながらに『ありがとうございます。』と伝えたのだった。
そして奏が凛桜を支えながら雪の事でアマネに質問をする。
これから凛桜を守っていく上で非常に大事な事だったからだ。
「あの時アマネさんはなんで雪を抱きしめたりしたんですか?その後の雪の反応もおかしかったですし…。」
「私ね、若い時はずっと心理学を専攻したりしてて、それがきっかけで『催眠』や『洗脳』とかそっち方面にも詳しかったのよ。それであの雪って子の目を見たら『洗脳』されてる人間に見られる特徴があったから…。それに…私の子供が生きてたらあれぐらいの年齢で…顔もなんか面影があったから…。つい…。」
「あ…ごめんなさい…。」
聞かれたくない事を聞いてしまったと思った奏はすぐに謝った。
「いいのいいの!もう私も乗り越えてることやから!雪って子を見てたらなんか母親としての感情が蘇ってきちゃってね…。まぁ本当に気にしないでね!」
「分かりました。じゃあ話を戻すと雪は誰かに洗脳されてるって事ですか?」
「その可能性が高いかな。最後のあの反応は私の言葉か何かに反応して洗脳に影響を与えたんだと思う。」
それを聞いていた凛桜が話に入る。
「じゃあ雪さんの洗脳を解けばなんとかなるのかも…。」
「そうだね、でもあたし達じゃどうしようもなさそうだしどうしてもアマネさんの力に頼らなくちゃいけなくなるね…。」
「さっきも言ったけど、頼ってくれて良いんやからね!まぁこの先はまた雪ちゃんがやって来た時にでも考えましょう!」
そう言うとアマネはみんながお見舞いで持ってきたお菓子などを振る舞ってくれた。
そのお菓子を食べながらマリアは奏に質問をした。
「そういえばあんた、ヴァルキリアフェスの一次審査って明後日ぐらいじゃなかった?」
「あっ!!!!色々あり過ぎて忘れてた!!!!」
病院であるまじき大声を出す奏。
帰って審査用の曲を練習するために奏は大急ぎでドタバタと帰っていった。
「あっ!もう!奏ったら!アマネさんマリアさん!本当にご迷惑おかけしてごめんなさい!そしてこれからもよろしくお願いします!」
そうやってお詫びと感謝を伝えた凛桜も急いで奏の後を追って病室を出ていった。
そんな2人を見てクスクス笑うアマネはマリアに頼み事をする。
「則夫ちゃん、私が退院するまでお願いね。」
「分かってるわよ。まかせなさい。」
マリアとアマネという頼りになる存在を凛桜は味方につけた。
しかし、迫りくる悪意には少しばかり心許ないかもしれないが…。




