第12話 アマネの優しさ
佐々木のお触り騒動からすぐの事、奏が凛桜を店の控室に連れて行く。凛桜に確認したい事があったので周りには聞こえない小さな声で話す。
「ちょっと…あんな簡単に力が発動するの?」
「た、たぶん…。私の手を握って強く願いを想うだけだから…。それに佐々木さんの必死な態度を見てたら私も叶えてあげたいなって無意識に思っちゃったんだと思う…。」
「マジですか…、これからは相当気をつけないといけないね…。」
そして、控室と店内を遮っているカーテンが開くと2人はすぐに力の話をやめる。
カーテンの先にはアマネが少し困った表情で立っていた。
「奏ちゃん…どうしても佐々木さんがチェキ撮りたいんだって…。どうにかならないかな?」
「まぁ…、1枚だけならいいです…。」
奏は、フリフリの可愛い服を着た自分の姿をこの世に写真として残したくない気持ちはあったが、先程の出来事をなるべく早く終わらせるためにチェキを撮る決断をした。
そして奏は佐々木の席へ戻り、チェキを1枚撮らせてあげた。その顔はぎこちない作り笑顔丸出しのチェキだった。
それでもやっとの思いで奏のチェキを撮れた佐々木は、それを家宝にする勢いで喜んでいる。
「やったぁぁぁ!!やっと奏ちゃんのチェキゲットぉぉぉ!!りおりおの言う通り諦めなければ叶うんやね!!」
「ははは…、喜んでもらえて嬉しいっす…。」
「もしかして!僕と恋に落ちるのも秒読みなんやないの!?」
「それはない。絶対にない。正真正銘の0%。出直して来いとも言わない。だって無駄だから。あたしに恋心すら抱かないで欲しい。」
無表情で冷たく、そして切れ味抜群の奏の言葉によって佐々木は死んだ。
それを見ていた凛桜が口を押さえながら一言呟く。
「これが…代償…。」
佐々木は『チェキを撮りたい』という願いを叶え、『恋心』を失った。これから先、もう恋ができなくなるほどの心の傷と共に…。
その後、夕方の17時まで2人は働き、この日はカフェタイムのみの出勤だったため、帰り支度をしようと控室の方に向かう。
カフェタイムとバータイムの切り替えを行うためにお客にも1度帰ってもらっているので店内には従業員しかいない状態である。
凛桜が仕切りのカーテンに手をかけようとした時、店の入り口からキャー!という女の子の悲鳴が聞こえた。
何事かと奏達が店内に戻ると、店の入り口で女の子が倒れていてる横に雪が満面の笑みを浮かべて立っている。
2人は神代村から逃げ出した時の恐怖が蘇り動く事ができない。相談して決めていた雪と遭遇した時の決め事はなにも実行する事ができなかった。
「見つけましたよ…。お嬢と…クソ女!!」
雪はそのまま奏に飛びかかろうと足を踏み込む。
それを見た奏は反射的に目を瞑り、手で頭を庇うように立ちすくむ。
しかしいつまで経っても雪の攻撃は届いてこない。薄く目を開けて雪の方を見ると、奏達と雪の間に両手を左右に伸ばして2人を庇うようにアマネが立っている。
このままではアマネが巻き込まれてしまって危ないと思った凛桜は、
「アマネさん!ダメです!逃げて下さい!」
と叫ぶ。
凛桜の訴えを聞いてもアマネは動こうとしなかった。
そして奏達に背を向け、雪の方を真っ直ぐ見ながらアマネは話し始める。
「私のお店のメイドさんはどんな理由があろうと傷つけさせません!どうしてもと言うのなら私を…」
「あんた邪魔。」
アマネが全て言い終わる前に雪はアマネに攻撃を仕掛けてきた。その動きの速さにアマネは反応できずに雪のナイフで肩を刺される。
「アマネさん!!」
奏達の呼ぶ声も虚しくアマネはその場で倒れそうになる。
凛桜は『神宿の手でアマネの傷を治すのか』、『それともこの隙に逃げるのか』色々考えるがテンパってしまって行動できずにいる。
奏も同じようで迷いのため動けない。
そんな動揺している2人は、全く予想していなかった光景を目の当たりにした。
それは肩を刺されても優しい笑顔で雪を抱きしめているアマネの姿だった。
その姿はまるで聖母のようで、店内にいた全員は息を呑んだ。
刺された傷が痛むのか、顔に大量の汗を流しながらアマネは雪に話しかける。
「大丈夫だからね。」
「うるさい!!離せ!!本当に殺すぞお前!!」
雪はジタバタ暴れてアマネの抱擁から抜け出そうとするが抜け出せない。しかし、ナイフを持つ右手はフリーな状態なのでアマネを刺せば抜け出せれるが雪はそうしようとしなかった。
いや、できなかったと言ったほうが正しいのか。
そんな雪を抱きしめながらアマネは話を続ける。
「とりあえずナイフを置いてくれないかな?私で良ければ話を聞くから。」
「うるさいうるさいうるさい!!」
アマネの優しい声が耳に入ってくる度に雪の頭が『ズキリ』と痛む。
そして暴れる雪を押さえながらアマネは雪の顔を覗き込む。
そしてニコリと微笑み、雪の顔を撫でながら母のように優しい口調で、
「こんなに可愛い顔してるのにもったいない!あなたは本当は優しい子なんじゃないの?」
『優しい子』、その言葉を聞いた雪の目には、アマネの顔と雪の記憶の奥底で覚えている女性の顔が何故か被って見えた。
そして次の瞬間、凄まじい頭痛が雪を襲い、『ぐあぁぁぁ!!!』と頭が割れるような痛みに耐えかねて店の入り口を壊す勢いで走り去ってしまった。
奏と凛桜はすぐにアマネの元へ駆けつける。雪が何故あのような状態になったのかは謎だが、アマネのおかげで窮地を脱っする事はできた。
しかし、関係ない人を巻き込んでしまった罪悪感で2人は押し潰されそうになる。
「アマネさん!大丈夫ですか!?」
「うん…、たぶん思った以上に傷は深くないと思う。2人も気にしないで良いからね!」
他人のせいで自分が刺されてしまったにも関わらず、心配させないためにアマネは奏達にも変わらず優しく微笑んでみせた。
しばらくすると他の従業員が呼んだ救急車と警察がやってきた。
アマネは傷の治療のために救急車で病院へと運ばれていった。
残された従業員と奏達は警察から事情聴取を受ける事となり、特に店を襲った雪と面識があると疑われた奏達はしつこく色んな事を聞かれたが『本当に何も知らない』で押し通し、2人はなんとか奏の家へと帰ることができた。
今回の事件で雪は『ミナミ路地裏の刺傷事件』、『クリーニング店襲撃』、『コンカフェでの刺傷事件』の3件で指名手配される事となった。
そして奏の部屋にて凛桜達はこれからについて話をしている。
「ねぇ、奏…。関係のないアマネさんを巻き込んでしまったからもう本当の事を話すしかないよね…。」
「うん…そうだね…。後日落ち着いたらアマネさんの所に行って全部話そう。それに雪のあの反応は異常過ぎたし、アマネさんのあの行動も気になる。1回アマネさんにもなんでああいう行動をしたか聞いてみよう。」
2人はショックからまだあまり回復しておらず、詳しい話はまた明日にしようと布団の中に入る。
が、中々眠れるはずもなく、この先に大きな不安を残しながら夜は更けていくのであった。
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その頃、ミナミの人通りが極端に少ない場所にある雑居ビルの空室に膝を抱えて震えている雪の姿があった。
この場所は雪がミナミに到着した日に偶然見つけた場所であり、ドアの鍵を破壊して中に入ってからはそれ以降ずっと隠れ家として使っている。
アマネの店から逃げ出してからずっと雪の調子は悪くなる一方だった。
自分でも原因が分からず、今は元に戻るのを震えて待つしかなかった。
ただ記憶の奥底から浮かび上がる女性の顔を思い浮かべながら…。
「ママ………ママ………。」
雪の小さな呟きが、誰に拾われるでもなく暗闇の部屋の中へと消えていく…。




