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第10話 ハカナバナの羅針盤

午前2時、Bar Makaoは閉店時間を迎えたので最後に残っていた男性2名のお客さんを奏が入り口までお見送りに行っていた。


「じゃあまたね!売れない芸人さん!たしかゴールデンボールってコンビだっけ?」


「それやったらただの金玉やろがい!ゴールデンボーイな!」


アハハハ、という笑い声が店内に響き、穏やかな時間が流れる。

『凛桜ちゃんもまたな!!』とお客さんから声を掛けられ凛桜も笑顔で『ありがとうございました!』と返事をする。

そしてマリアと奏達の3人になった店内で閉店作業を進める。


「あ〜、楽しかったぁ!本当に奏に出会えて良かったよ…。」


「この世界はもっともっと楽しい事が待ってるよ。凛桜も自由に生きていいんだから…。」


「ちょっとあんた達、あたしトイレで踏ん張ってくるから後は頼んだわよ。」


そう言い残してマリアがトイレに向かう。それを苦い顔で奏が見送っていた時、奏のスマホがピロンとメールの着信を知らせる。

奏は終わりかけの閉店作業の手を一旦止めてメールを確認する。


「なんだ、ただの速報のニュースメールだったわ。………え?これって………。」


テレビを見る習慣がない奏は大学の授業の関係上、ニュースメールの登録していた。

奏が恐怖と驚きが混じり合った表情で見ているメールの内容はこうだった。


『大阪ミナミの繁華街の路地裏で通り魔事件発生。男性2名がナイフのような物で刺されて重傷。被害者の証言では加害者はゴシック調の服装をした女性だとのこと。警察が現在捜査中。』


全部読み切ったあとに凛桜にもそのニュースメールを見せる。


「これ…、雪さんの事じゃ…。」


「あり得ないって!いくらなんでも大阪にいるのがこんなに早くバレるはずないよ!だってまず京都辺りから探すはずじゃん!」


「そうだよね…、偶然だよね…。」


薄々と2人は雪がそこまで確実に迫ってきていると心の中では答えを出していた。

だが認めたくなかった、先程までの幸せな時間がこんなにも早く終わりを迎えようとしていることを。

2人の重苦しい沈黙を奏が破る。


「もし雪が襲ってきた時の事を考えて、神宿の手の力を上手く使えるように色んな方法を考えとかないといけないかもね。」


「願いと代償を良く考えたら雪さんを退けられるかもしれないけど、やっぱり凄くリスクは高いよ。」


「仕方ないよ。あんな化け物みたいな女に真正面から立ち向かっても殺されるのがオチだし、代償を払ったほうが絶対マシだから…。」


2人はニュースを見て焦っていたのかペラペラと凛桜の秘密を話してしまっている。

そんな時、トイレの方からジャーーーと水を流す音が聞こえてマリアが出てきた。

マリアの存在を忘れていた2人はビクッとなってしまう。


「あんた達…声デカすぎよ。あたしの屁の音より大きいから全部丸聞こえだったじゃない。」


慌てながら『あ…!あの…その……。』と取り繕うとする奏と凛桜に、手を顔の前で横に振りながらマリアはニコリと笑い、


「そんな焦らなくてもいいわよ。誰にも言わないし深い事は聞かないし、よっぽどな理由があるんやろ?安心しなさいよ。」


マリアの心の広い態度に申し訳なさそうに2人は頭を下げる。

そこにマリアは『ただし!』と付け加える。


「なんかあったらあたしにちゃんと言うんやで!黙って消えるなんて事したら許さへんからな!それだけは約束な!」


「マリアさん!本当にありがとうございます!!」


奏と凛桜はマリアにもう一度大きく頭を下げてお礼を言った。

そしてこの日は周りを最大限に警戒しながら奏達は帰路についたのだった。


そして次の日のお昼。

凛桜はマリアに言われた通り、メモに書かれた仕事の紹介先に奏のスマホを借りて電話をかける。

雪の事を考えるとこんな事をしてる暇はないと分かっているが、なんとか普通の日常を送ろうとしていた。


「も!もしもし!マリアさんからそちらを紹介された凛桜と言います!」


心配しながらその様子を見ていた奏の横で凛桜は『はい…はい…』と話を順調に進めていた。

閉鎖された村出身の割にコミュニケーション能力が高い凛桜にこの辺の心配はいらなかったみたいだ。


「分かりました。今からお伺いします。失礼します!」


そう電話をしながらお辞儀をして凛桜は電話を切った。

食いつき気味に奏が質問をする。


「ど、どうだった!?」


「うん、今からお店においでだって。私が良ければそのまま働いてくれても構わないみたいだから今日から働いてみる!」


この凛桜の行動力は、奏に迷惑ばかりかけてはいられないという気持ちが大きいせいだろう。

土地勘のない凛桜をお店に送るため、奏はメモに書かれた住所をスマホで調べる。


「え…、このお店ってカフェはカフェでも…。」



『おかえりなさいませお嬢様ーー!!』


奏と凛桜を元気いっぱいにお出迎えする声が響くのは日本橋にあるメイドカフェだった。

マリアが凛桜に紹介してくれたのはカフェはカフェでもコンカフェだったのだ。


「いやいや、マリアさん…、凛桜の初めてのバイトにしてはハードル高過ぎるでしょう…。」


と、奏はマリアの無茶振りに頭を抱える。

すると、短いスカートタイプの他のメイドさん達とは違う、ロングメイド服を着た綺麗な女の人が奥から出てきて2人に近づいてきた。


「もしかしてマリアさんの紹介の凛桜さんかな?私はこのお店のオーナーをしている『アマネ』です。よろしくお願いしますね。じゃあ早速こちらにどうぞ!」


アマネはそう言い2人の手を引き奥へと連れて行く。


「あ!あたしは違います!凛桜だけです!」


慌てて否定する奏であったが、『きっと似合うわよー!』とルンルン気分でいるアマネの耳には届かなかった。

奥の控室からワー!キャー!というテンション高めのアマネの声がしてから10分程。

可愛いメイド服に着替えた奏と凛桜が部屋から出てきた。

初めて着るメイド服にキラキラした目で笑顔の凛桜、フリフリの服なんて普段絶対着ないのでゲッソリした奏、2人の顔はまさに対照的であった。

そんな2人を見て、腕を組んだアマネは満足そうにウンウンと頷いていた。



そして場所は変わってここは奏が凛桜の着物を預けたクリーニング屋である。

ここの店主である山田(40)が奥で仕事をしているとウィーンと自動ドアが開く音が聞こえる。

山田は仕事の手を止めて『いらっしゃいませー!』

と表に出るとそこには雪がいた。


(今日はゴシック・アンド・ロリィタだと…!先日は高級そうな着物の持ち込みがあったし…腕が鳴るぜ…。)


山田がそう心の中でウキウキしていると、


「ねぇおじさん、ここにお嬢を匿ってるでしょ?大人しく差し出したら痛い事しないからお嬢を出してくれる?」


山田は頭の中が『?』だらけになった。


「お…お嬢とは?今日はその服のクリーニングじゃないのですか?ケチャップみたいな赤いシミついてますし、僕の腕に賭けて綺麗にしてみせますよ!!」


自信満々に腕をめくる山田を見て雪は『はぁ……』とため息をつく。


「もういいや、おじさん。どいてくれる?」


雪はそう言うとお店のカウンターを飛び越えて奥の仕事場へと突撃する。

『ひぃ〜〜!』と怖くなった山田はその場に屈み込んでしまった。


「お嬢ー!!お嬢の可愛い雪がお迎えにきましたよー!!どこにいるんですかーー??」


そう叫びながら店の中を縦横無尽にグチャグチャにする。

その時作業台に乗った凛桜の着物がふと雪の目の中に飛び込んでくる。

雪はその着物の襟の部分をゴソゴソと触ると小さいSDカードのような物を取り出した。

これは百合が凛桜の着物に常日頃からつけていたGPS装置だった。

これのおかげで雪は凛桜達の居場所をすぐに突き止めていたのである。


「チッ………。」


雪は物凄く悔しそうに舌打ちをしながらそのGPSを握り潰した。ここには凛桜達は居ないと確信したのだ。

この場所に用の無くなった雪は、好き放題グシャグシャにされたお店を呆然と見つめる山田を置いて店を出た。


そして店の外に出た所で雪はポケットから懐中時計のような物を取り出す。

パカッとそれを開けると、それは針がピクリとも動かない羅針盤だった。


「ハカナバナの羅針盤も一切反応してない…お嬢はまだここに来て1度も力を使ってないんだ…。」


『ハカナバナの羅針盤』とは、神宿の手の力を使った時に発せられるエネルギーに反応してその方角を示す道具である。


「まぁいいや!どうせ遅かれ早かれ力を使うでしょ!それまでは羅針盤とにらめっこかな?」


雪はあともう少しで辿り着けるであろう血の饗宴に胸を躍らせる。


余談だが、襟に仕込まれたGPS装置を潰さずにそのままにしておけば、いずれ凛桜は着物を取りに来て簡単に居場所を突き止める事ができたのだが、血の気が多く頭を使うのが苦手な雪がその事に気付くことはないのであった。

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