第三話 エルラ
ルードベドは、首を横に振るだけで、口で応えることはしなかった。それは、彼の旅による経験からである。
ルードベドは、いろんな人間と出会ってきた。それ故、この人にはどういう対応をすればいいのか。そんな判断を、彼は瞬時に行えるようになっていた。
「つまらないわねぇ」
そういって、彼女はからだを近づけてきた。
しかし、ルードベドは、彼女と大きく距離を取った。本能。彼は、命の危機を感じた。そしてその理由は、彼女が握っていた、彼が警戒するはずもない小さな毒針だった。
「あら、避けられちゃった。あなた、なかなか腕の立つ男なのね」
感心しながらこちらを見る彼女とは裏腹に、ルードベドは避けれて良かった。と、安堵した。だが、なぜいきなり攻撃をしてきたのか気になったため、問いかけることにした。
「今はまだ戦うときじゃないはずだ。なんで、攻撃する?」
あたりの空気が重苦しくなる。ルードベドは、それを感じ取った。そしてその雰囲気を作り出した元凶を彼は知っていた。そう、それが眼の前にいる彼女である。
彼女はその針をしたでゆっくりと舐めずった。それと同時に、ルードベドに悪寒が走る。
そして、その言葉を告げる。
「私が、優勢になるため」
その言葉に、ルードベドは既視感を覚えた。それと同時に、あの勇者が脳裏によぎる。それは、彼と彼女がにているのと一緒であることを示していた。
拳を握りしめる。この時、いつも冷静なルードベドは、20年ぶりとも言える怒りをあらわにした。そして、それを彼女は嬉々としながら見ていた。
「この、クズ野郎が!!」
ルードベドは、正義感が強いゆえか大声でそう叫んだ。
しかし、彼女はそれを否定せずに、「それが、私の中のルールだから」そういって開き直った。彼は、納得がいかなかった。だけど、今はそれどころじゃないと思い、口論をするのをやめた。
警戒態勢を取っているルードベドに、彼女はその毒針を捨て、口を開いた。
「私の名前はエルラ。西の国から来た元アサシンよ。覚えておきなさい。で、そっちは?」
「俺は....」
エルラの自己紹介に応えようとしたが、ルードベドは、本名をいうのをやめた。
やっべ、俺は今死んでいると思われてんのか。だったら.....。
しばらく熟考する。それも二分ほど。キレ症のエルラは、垂れ目を大きく見開き、その赤色の眼光を見せつける。
「まさか、何か言えない事情でもあるの!?」
だが、ルードベドは考え続ける。そして、長く熟考した末に導き出した名前。それは.....。
「俺の名前はヒロ。ここの国の者だ」
そういって、ルードベドは彼女の手を取った。
次の瞬間、ルードベドの視界がゆがむ。思わず膝をつきながら視界を元に戻そうとするが、どうして視界が歪み始めたのか。その理由を理解した時には、足掻くのを諦めた。
「あら、随分と察しがいいのね」
そう、嬉々としているエルラに言われるが、すでにルードベドは声すらも発せない状況に陥っていた。毒を解除するべく、様々なスキルを使って無効化しようとするが、そんなスキルや魔法も、この毒には通用しなかった。
しかも、使う度に毒の進行速度が早くなっていくのを、ルードベドは体内の状況から察した。
くそっ。睡眠毒か。しかも強烈....n。
そこまでいいかけた所で、ルードベドの意識は途絶えた。
エルラはフフフ。といって、彼女自身の黒色の髪をなびかせた。
ルードベドは眠った。しかも、エルラが使った毒は一般の毒薬とは格が違う。そしてその毒の効力は、彼女の任意で解除することができる。つまり、彼女が試験終了まで眠らせたままにしておけば、ルードベドは試験間、ずっと眠っていることになるのだ。
絶体絶命のピンチである。しかし、そんな事を学園側は知る由もなく、休憩時間が終わり、試験が始まろうとしていた。
「それでは、今から試験を始める」
大衆の前に学園長が再び立ち、高らかに宣言する。
大衆のほどけた緊張が、また締まる。だが、エルラだけは違った。なぜなら、最有力候補を潰したのだから。彼女よりも強いと思った唯一の人物が、眠ったのだから。
クルッセ学園長は、転移魔法を唱える。すると、大衆の周りから青色の光の粒子が発生し始める。それは、ルードベドも同じだった。
「では第一次試験、始め!!」
転移魔法が発動する直前、クルッセ学園長はそう大声でいった。
そうして、ルードベドのとっての最悪な状態から、第一次試験は幕を開けるのだった。
無人島。そこは森が生い茂っており、川には、あまり見られない特別な魚であるが、食べると魔力が大幅に低下すると言われるヒタチウオが泳いでいた。
そして森とそんな、いくべきではないような川が隣接し合っており、強い日差しを遮断する木に、ルードベドはいた。しかし、エルラから食らった睡眠毒で倒れた姿勢と変わらずに、横たわっていた。
本来なら起きないはずの彼は、その場でゆっくりと、目を開けた。
目をこする。そして眼の前に広がる、明らかに無人島と言わざるをえない光景を見て、第一次試験が始まった事を、彼は理解した。
「ああ。俺はエルラの毒を食らって.....」
ルードベドが眠っている時、彼は夢を見ていた。それも、過去の情景から連想される夢。それは、妙に現実味を帯びていた。しかし、いくら思い返そうとも、その夢が隆起してくることはなかった。
「大丈夫か、我が主!?」
ルードベドが立ち上がろうとした時だった。隣からそんな声が聞こえた。
一般人であるなら、思いっきり振り返っていただろう。しかし、彼には言動からどんな人間なのかを見極める能力を旅で身につけた。それ故、彼は心配してきてくれた顔を見ずとも、彼女があまりかかわらないほうがいい人間であることを理解していた。
「さて、食料を探しに行くか」
できる限り見ないように.....。そうやってスルーをしようとした時だった。
彼女が、いかないでと言わんばかりにコートをギュッと握って、引っ張る。突然の事態により、彼は抵抗しようと試みるが、力が強すぎたため、諦めるほか道はなかった。
そして、彼女の顔が明らかになったのだが....。
「無視をするんじゃねぇ!!」
ルードベドは、彼女の容姿に既視感を抱いた。それは、休憩時間。ルードベドが辺りを見渡していたときだ。杖にしがみついて、何やらクネクネしている変態がいた。木でできた古そうな杖。赤みがかった黒色のローブに、青と赤のオッドアイ。黄色の長髪。そして顔は、完全なるお嬢様か何かのおえらいさんであった。
その容姿が、眼の前にいる女性と完全一致していた。
そして、その人物と眼の前にいる彼女が一緒だと気づいた瞬間、こいつ、絶対ダメ人間だ....。そう、彼は確信したのだった。
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