夏休みの思い出に……異世界? 3
「みんな無事!?」
由美が同級生たちに声を掛けた。
「う~、頭ぶつけた~」
光一の隣で頭を抱えて蹲る卓。光一も座席か何かにぶつけたか、右上腕に鈍い痛みを覚えていた。その他、隆司や仁らも苦痛に呻き声を上げ、眼鏡を飛ばされた月代は痛む脚を庇いながらそれを探した。彼女は光一の足元に転がる眼鏡を見つけると即座に拾ってかけなおした。
落とした眼鏡がすぐに探せる……今の車内は、先ほどまでの眩い光量でもなく、消灯した暗闇でもなく――普通の、午後の明るさ程度に戻って来ている、と光一は気付いた。
「止まった……な」
平蔵がボソッと、呟くように声を漏らした。確かに先程まで感じていた移動感と言うか、走行感は無くなっていた。
転倒したままで窓を見上げる光一。暗闇からは復帰しているが、さっきまでと違って外の方が明るい印象を受ける。
「駅……かな?」
仁美も打ち付けた膝を擦りながら呟く。光一も目を凝らす。
――確かに屋内っぽいけど……地下駅の明るさじゃ……
「な、なんだこれ!?」
窓から外を覗いた省吾が叫ぶ。光一や由美たちも痛みを押えて立ち上がり、窓に殺到した。
「こ……これは……」
「なによ。どこよ、ここ!」
「日本の風景じゃ……無さそうねぇ」
初老の縄張りに入り始めた女性が、同じく初老男の横で心ここに有らずな棒読みな口調で漏らした。
「只事じゃあ、無いですなぁ……」
「なに他人事みたいに言ってんのよ! どう見たって異常じゃん!」
他校のJKがヒステリックにキンキン声で罵る。初見の年配に対する言葉遣いでも態度でも無いが、しかしそれも已むを得まい。今、光一ら乗客の眼前、窓越しに映る情景。それは余りにも、自分達に馴染みの風景とは程遠かったのだ。
国内のどこの地下駅よりも広く、天井もバチグソ高い、まるでヨーロッパの宮殿か、はたまた大聖堂あたりを彷彿とさせる建築様式。
テーマパークに有りそうな欧州風の作りにも見えるが、それも何か違っている。
実際に、欧州のどこかにこんな様式の建築物は有るのかもしれない。しかし今、
「なんだよ、あいつら……」
この列車をぐるりと取り囲んでいるのは……
「兵隊?」
そう、数十人の武器を持った兵隊であった。しかも彼らの持つ武器は、
「あれ……剣、か?」
「斧、みたいにも見える……な」
軍隊や警察機関が装備している見慣れた銃火器では無く、ファンタジー系の映画やゲームでしかお目に掛かれそうにない戦斧や大剣と呼ばれる古の武器類だった。
しかもそれらで武装しているその兵の兵装・防具は、メタル製のフルアーマーな甲冑と、これまた金属で出来た大盾を構えている、いわゆる重装歩兵たちだった。
いくら世界広しと言えど、現役でこんなアナクロな武装をした軍隊や官憲の類など居る訳がない! と光一ならずとも思うだろう。
さらに奥へ視線を移すと、ローブに杖、と言った如何にも魔導士・魔法使い然とした出で立ちの連中までいる。となると……
「異世界……召喚?」
光一は思わずつぶやいた。
「ハァ? 東~、あんた、いくら筋金入りのオタだからってバカ言ってんじゃないわよ! そんなん、現実に起こるワケないでしょう!」
などと由美の無慈悲なディスり。
「や! だからアニメや漫画は好きだけど、オタってほどじゃ! しかも筋金入りって! 勝手にパワーアップすなよ!! でもほら、見ろよアレ!」
反論する光一。しかし、
「そんな空想と現実を一緒くたにしてんじゃないぞ少年!」
リーマン風スーツの若い男、そして同様の女も、
「オタクってホントにそんな事、口走るんだ……」
と呆れていた。まあ、通常の感覚だろう。
「だけど……」
目を外に向けたまま平蔵が呟く。
「目の前のコレ……彼の言うように僕たちの現実とは、かなりかけ離れてるでしょぉ?」
「はあ? あんたまで何言って!?」
「まあ僕もそんなの信じ難いけど……だけどこれ、よく見てみなよ。こんな豪勢な作りの屋内で、電気とも樹脂とも無縁なとこ、現代に有るかい?」
言われてリーマンやOLは再び外を凝視した。なるほど、照明と思しき設備はロウソクを使う燭台や、油、もしくはそれと同様の燃料を使うっぽいランプの類ばかりだ。天井にも壁にも電気を使った見慣れた照明器具など全く確認出来ない。そのせいか天井など、高くなればなるほど独特の暗さと言うか影らしきものが纏わりついている感じだ。
兵隊にしても近代の軍ならば、一見して分かるクソ重たい金属の鎧など使うわけなどなく、ケブラー等のアラミド繊維をふんだんに使った防弾チョッキを選ぶに決まっている。
「その学生くんの言い分が一番、辻褄が合いそうだよ……」
「そ、そんなこと! こんなの……え、映画の撮影よ! こんなのみんな、書割りのセットで!」
OLがお約束のセリフを吐く。が、それも影の薄い男に、
「こういうの、映画でやるなら、もう二十年以上前からグリーンバック+CGっすよ」
と、一言で論破されてしまった。
「大体が映画にしたって、こんな欧州の時代劇的なモノ、日本の駅やその路線近くで撮るはずが……」
ドン! ガタ!
他校の男子の言葉を遮り、後方の貫通扉の外から異音が響いた。外の兵隊数人が、何か棒のようなものを駆使して貫通扉をこじ開けようとしている。
前方は壁にめり込んでいるので狙うのは当然後方だろう。光一含め、全員の耳目がそちらに集まる。
ガリッ! ガリッ! ガガガ!
ガキャッ!
「開いたぞ!」
「踏み台を移動しろ!」
貫通扉を、ほぼ破砕に近い開け方をした外の兵が顔を覗かせながら何やら叫んでいる。
「は、入って来る!」
「ちょ、なに!? やだやだ! なによ、なによ!」
車両後方にいた乗客たちは皆、兵たちの怒声にビビッて更に前へ駆け出した。
ちょっとの間をおいて、用意されたらしい踏み台を昇って兵が二人、進入してきた。そのまま左右に分かれて、尺の短い槍を持って身構える。
「ううむ、これは……鉄の荷車か? いやしかし、こんな巨大で重量のある荷車を引ける者なぞ古代龍くらいでは……」
三人目は何やらブツブツ独り言を漏らしてキョロキョロと車内を見回しながら入って来た。それは艶のある、上質で上品な紫のローブと、身長よりちょい短めな杖を持った年配の女性であった。
続いてその女は、如何にも混乱してますよ、みたいな表情をしている光一らを見据え直すと、
「異世界の勇者さまと従者の方々。ようこそ我がトリアーノ王国へおいで下さりました。臣民を代表して、皆様を心より歓迎いたします」
などと作り笑い満面で定番のセリフをほざきよった。