夏休みの思い出に……異世界? 2
「外、電気切れてんの?」
一緒に来た、同じく同級生の桐生月代も眼鏡を中指と薬指で整えつつ、外を眺めながら呟いた。
光一も月代の声を背に更に目を凝らすが、構内に設けられているはずの照明が見えないのだ。ガラスに反射する車内の照明が邪魔しているだけとも思えない暗さだ。
「停電かぁ?」
「車内は点いてるのに?」
他の学生たちからも声が漏れた。学生のみならず他の乗客、車内の全員がこの、いつもと違う状況を共有し始めている。
「スピードは……落ちてるよね?」
「駅は地下に降りてから、すぐだもんね」
「いや……」
学生らの声に呼応する様に、中年真っ盛りの男――後藤平蔵が窓から外を眺めながら、通常と違う新たな状況を訴えた。
「走行音が、聞こえない……」
「え?」
言われて耳を凝らすと……
「そ、そう言えば……」
なるほど、いつも聞こえるはずのレールとホイールの擦り合う音が聞こえてこない。
加えて電車の走行音では定番の、レールの継ぎ目を通過する時の”ゴトトン、ゴトトン”という音も振動も無い。あまりにも静かすぎる。
その静けさが、さながら光一たちの不安をさらに増幅させようとしているかのようだ。
そんな状況がしばらく続く。
「でも減速感は……有るよな?」
「ああ、止まるはずだよ……この駅は急行も特急も止まるし」
「でも、おかしいよ! 普通は地下に入ってから一分かそこらで到着じゃない!? もう三分以上、経ってるし!」
他校のJKが声を荒げ始めた。彼女に限らず他の乗客も、挙動がいつもと変わり過ぎている今の状態には、誰もが得も言われぬ不安感に覆われていく気分だ。
「事故か何かで徐行……とか?」
と、スーツを着たOL風の女性が首を傾げながら。
「だったら車内放送があっても……って!」
仁が車内の案内表示画面を見て驚いた。
「真っ黒だ……」
表示が消えてBO状態なのだ。
「消えてる? 故障?」
仁に並んで表示板を凝視する隆司。だが表示が復帰する気配は全くなかった。
「スマホも、ダメだな……」
車輌の一番先頭側の席に座る、何だか存在感の薄そうな20代中盤くらいの男がボソッと呟く。同時に大半の者が自分のスマホをチェック。
「ホントだ。繋がらねぇ」
「なんなのよ、これ!」
他校のグループの生徒たちも苛立ちや焦燥感が、どんどん湧き上がってきているようだ。
そんな中、
「真鈴? 何見てるの?」
そのグループ内で真鈴と呼ばれたショートボブの小柄な少女――桂 真鈴は同級生であろうJKに問いかけられた。真鈴は隣の車輌に繋がる貫通扉を見つめていた。
「……こっちも……真っ暗……」
と、ボソッと答える真鈴。訊いたJKは「え!?」と小さく叫びながら貫通扉の窓に目を向ける。
「と、隣の車輌が……無い!」
呆然としながら答えるJK。その窓からは、隣接車両の照明どころか扉も蛇腹の幌も、その影すらも見えない。
「こっちもだ!」
後方の扉前ではスーツ姿のリーマンが同じ反応を見せてきた。
「しょ、省吾ぉ~」
「どうなっちまってるんだ!?」
乗降扉前で立っていた省吾と呼ばれた、光一より2~3歳年上っぽい男。縋って来る同年代の、髪を金髪に染めた女性を抱き寄せながら、吐き捨てるような勢いで言葉を漏らした。
”どうなっちまってる?”それはここにいる全員の共通認識だろう。電車が地下に入るや否や突然、訳の分からない何か非日常的な状態に変化してしまったのだから。
だが、まだ終わりでは無かった。
バシャ!
「きゃあ!」
車内に響く女の悲鳴。
「で、電灯が!」
次の異常は車内照明。
電力ダウンか、照明も消えてしまったのだ。何故か非常灯すらも点かず、正に真っ暗闇だ。
――く、何も見えな……そうだ、スマホ!
光一はスマホのライトを点灯させた。他の者たちもそれぞれライトを点け始めた。次いで各人、車内のあちこちを照らした。矢継ぎ早に続く異常現象に皆、好き勝手――と言うか手当たり次第に照らしまくった。
ライトに浮かぶ同級生たちの表情は焦燥なんて言葉も生温く、正に錯乱一歩手前か? とすら感じた。
「表示板に続いて照明もか……」
「今まで点いていた方が妙……じゃないっすか?」
光一の呟きに、影の薄い男が応じた。同時に周辺が一段、明るく照らされた。
彼――影の薄い男だけはスマホのライトでは無く、小型のLEDライトを持っていて、それで周りを照らしていた。
軍用かと思わせる、迷彩カラーで彩られたそのライトはかなりの光量を発しており、それだけで車内の大部分を照らしきれるほどだ。
「外は照らせるかね?」
初老の男が尋ねてきた。影の薄い男は窓にライトを押し当ててみた。光一もその窓に近付いてみる。
「何も見えない……」
光一が目を凝らしながら呟いた。
「そんな! 構内の壁とか線路とか見えるはずよ!」
和沙が小さく叫ぶ。
「壁どころか、まったく、何も、光に反応していないっすね。つまり……」
「つまり? なんなの、おじさん?」
由美におじさん呼ばわりされるも大して気にするそぶりも見せず影の薄い男は、
「外には光を反射する、塵や埃の一つすら存在しない、って事じゃないっすか?」
と字面とは裏腹に、そんな事象は有り得ない、まったくあり得ない……はず――そんな思いを滲ませながら答えた。
「わ! なんだ、これ!?」
今度は他校の男子が叫んだ。
見ればいつの間にか、蛍の光ほどの淡い光点がいくつか、その男子に纏わりついていた。
――何だ? 今度は何が一体……
構内の異常。前後車輌の消失。電力の喪失。次いで謎の光点の出現。
――光? わ! おれの周りにも!
そう、光一や由美たちの周りにも、その光点は現れた。それがまるで細菌の増殖宜しく広がっていき、全身を包み込んでいくのだ。それは他の乗客全員にも同じく起こっていた。
やがてその光の明るさでスマホの光は勿論、影の薄い男のライトすらも不要なくらいの光量となっていった。仕舞いには目も開けていられないほどの輝度にまでなった。
強くなる一方の輝きに眼を瞑るだけではその明るさに耐え切れず、光一は腕も目に当てて防ぎ始めた。それでも眩しさを遮るまでに至らなかった。まるで、眼球の奥にまで光が達して来たような、そんな感覚に襲われた。
そして次の瞬間、
ガガ――ン!
「うわあ!」
「キャー!」
強烈な衝撃が車輌を襲い、乗客たちは悲鳴を上げた。まるで、いきなり急ブレーキをかけられた時のような車輌の挙動に、光一らは姿勢を維持できず転倒する者が続出。
乗客たちは、瞬時に手に触れた個所、手すりやシートに掴まったが、ほとんど全員が床や座席に転がり込んでしまった。
更に、
ドガッ! ドドーン!
車両が何かにぶつかったかの、そんな衝撃音が響いた。
その後は乗客たちの、各人各様の悲鳴・呻き声が車内で混ざり合った。