表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

処女懐胎

作者: 紫媛

がりり

深夜、氷に歯を立てる。

氷は水道水特有の臭みが薄い。だから好きだ。また一つ口へ放り込む。渇いた舌に張り付いた。神経を伝い冷覚と痛覚が脳髄へ反映される。この感覚、嫌ではない。張り付いた氷は舌の上でゆっくりと融解しやがて剥がれた。がりりがりりとかみ砕き、小さくなった塊を喉の奥へと送り出す。破片は食道をつうっと滑り胃へ墜ちていく。氷で熱を奪われた口腔から吐き出される息は冷たく周囲の温度がぐっと下がった錯覚を覚える。冷却された身体で感情にからむ熱の吸着を試みた。

どろり

中途半端な凝固に留まった感情はあてどなく胎内をさ迷う。いっそ、子宮ごと切り取ってしまおうか。胎盤を介し解毒しきれなかった殺意が流れ込んできた。毒素は心臓へ戻り全身へ押し出される。ゆっくりと身体中を巡った感情の一部は脳で再構築を受け、再び心臓へ帰着する。また、血流の一部は再び胎盤を介し胎内へ戻る。何度も何度も循環するうち末梢の細胞ひとつひとつまで蝕まれていった。


再構築は殺意を愛情とし、身体は相反する嬰児を抱く。今はまだ嬰児と呼ぶには早過ぎるエンブリオか。この児の発育と共に毒素は量を増し、脚先から朽ちてゆく。そこからは酷い悪臭が立ち上り鼻孔はともかく眼球までをも破壊してゆく。焼け付くような刺激に安眠は妨げられ目の下は黒い。快適な眠りに到達できる一番の良策は堕胎であることはとうの昔に認識している。しかし…この子を産めば苦痛は薄まるのではないだろうか。私を裏切らない至高にして唯一の存在。血は水よりも濃いという。破瓜を迎えず孕んだこの子に父親の血は流れない。その事実に安堵する。男の遺伝子など望まない。必要ない。私に必要なものは真に正しい解答。どうすることが最良なのですか?あぁカミサマ、私はただ人間という私の感情を沈澱したいだけなのです。奥底にかためて私の重りとしたいのです。数多の口から発せられる音に殴られても蹴られても不敵に立っていられる安定が欲しいだけなのです。こうしている間にもふたつの臍の緒を通じ胎児に栄養は行き渡る。逆に胎児からは老廃物が流れ込んでくる。どくどくどくどく… 心臓の鼓動が憎らしい。刹那でも私の結論を待ってはくれないか。しかし逡巡している間に育ち過ぎ既に堕ろすことは不可能となってしまった。子宮に浮かぶ二人は言うなれば私のクローン。否、正確にはクローンではない。憎悪、執着、破戒、喪失… これらで着飾った殺意を濃縮した私。慈愛、自愛… あたたかな光にくるまれた私。鏡合わせの次世代の私たちが鏡の向こう側へと手をのばす。右手は左手を通り抜け、左手は右手を掴めない。二人とも同じ私という卵から発育したのに、同一の卵に幼若化しようとしても叶わない。汚物の混じり合った羊水に抱かれ、内から腹を蹴り飛ばす。ぼこり ぼこり。水底から気泡が沸き上がってくるような音だと思う。怖い恐い強いこわいコワイコワイ…。私の増殖が私の首を締める。喘息の発作のような呼吸にひゅーひゅーと咽が鳴る。生存本能が必死に酸素を求める。酸素酸素酸素酸素酸素… 息をすることの困難さ加減に嫌気がさそうと本能には抗えない。これが身篭るということなのか。私の身体は次の私の為だけに生命を紡ぐ。脚が腐り落ち、眼球が爛れ、咽から血液が吹き出そうと、只ひたすらに生を実行している。


「あ゛ぁーーーーー…」

子宮が収縮し始めた。孕む異物を排出しようと懸命に働く。太股を生温い羊水が伝い、ぞわり鳥肌が立つ。予感めいた畏怖。人が感情に抗えないというなら、母なる私もその呪縛から逃れる術はないということだ。背中を冷たいものが伝い、歯がガチガチと鳴る。あっ、あっ、もう遅い遅すぎた。私が自らの母を恨んだよう、この子たちも私を恨むようになるだろう。親の都合で与えられた生に疲れ果てたのは私ではなかったか。あぁ、あぁ、ごめんなさいごめんなさい。私を赦して母を赦して。生という知らなくてもよい苦痛や屈辱を一方的都合で生み出してごめんなさい。ごめんなさい。今更謝っても済むことではない。解ってる。理解している。ごめんなさい。どうか私に赦しを。

「ぉぎゃーぉぎゃー」

エゴにまみれた誕生は祝福の言葉をもたらす。

「おめでとうございます」それは私にかけた言葉なのか、それとも双生児にかけた言葉なのか。おぞましい。おぞましい。おぞましい。誕生した嬰児を腕に押し付けられ戸惑いながらも恐々抱きかかえる。未だ泣きつづける双子は私と目が合うと一瞬泣き止みがりがりがりがりがりがりがりがり… 頬を濡らす涙ごと爪で掻きむしった。背中をすうっと冷たいモノがはしる。確実に私の遺伝子を受け継いでいる事実を見せ付けられて、心臓はすくみ血液が巡らない。にも関わらず、末端の壊死は急速に回復を見せはじめた。死ねない罪業、カルマからの逃走失敗。誰か私を生から救い上げてはくれないか。回りつづける輪廻に終止符をうつ方法がわからない。


再生を続ける私の身体にいつか遺伝子変異が生じたまま修復されないことを切に希望する。

こんなカオスな文章を読んでいただきありがとうございました。

よろしければ感想等おっしゃってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ