06_事態急変
「で、どこまで知ってるんです?」
ギルドの端に連れて来られた僕に、ユノさんが尋ねる。
ノエルさんは席でこちらを睨みながら、大人しくオーク料理を頬張っていて、その頭をエイプリルさんがあやすように撫でている。
「えっと、フリージアさんが「魔王教」徒で町の中央区で暗躍している。領主様はアプリコット公爵様が来る前に領軍を動かして、南の森のアジトを潰そうとしている。僕はフリージアさんだけでも救えないかと考えている、以上!」
「…君は昨日この町に来たんですよね?なんでそこまで事情を知っているのですか?」
ユノさんが呆れたように質問を被せる。
「偶然ですよ。昨日の夜、町を歩いてたと言いましたよね?その時、フリージアさんが中央区から来て、南の森に入って行くのを見たんです。で、朝になって南の森に行ったら変な建物が有るのを知りました。ギルマスに聞いたら、「魔王教」の施設と教えてもらった、と言うわけです。」
「南の森に?!軍のヒトに止められなかったのですか?」
あ、やっば。
今朝は全然、道沿いじゃない森を突っ切ったので、軍のヒトなんて見てないよ。
「いや、会ってないですね。採取とかしながら森の中を通ったからですかね?」
「……。」
ユノさんが訝しむように見てくるが、一角兎とか狩ってたりもしたのだから、嘘は言っていない。
「で結局、フリージアさんを止める事は出来そうなんですか?」
「…いえ、それは出来ません。」
「なぜ?もし、フリージアさんに何かあれば、騎士団長さんが悲しむでしょうに。」
「…白日騎士団は、「魔王教」の作戦に関与しません。情報も本来、教えられない事になってます。」
「え、なんで?」
「ジンジャー伯爵様にとって、ノエル騎士団長は隣領の令嬢。危険性の高い作戦には関与させたくないのです。…私は、ノエル騎士団長を危険から遠ざけるため、本人に伝えない条件で公開してもらえてます。」
そうか、…理屈は分かる。
けど、それだと──
「…ノエルさん本人は、フリージアさんが死んだ後、すべてを知るのですか。または、何も知らされないまま、二度と会えなくなるのですね。」
「っ?!…でも、じゃあどうしろと?騎士団長に伝えたところで作戦を中止は出来ませんよ。連中は公爵様の暗殺を企ててるのですから。」
「えっ…。」
そこまでこじれていたか!
過去に仲間を粛清された「魔王教」が、その仕返しを計画していた、と。
確かにそれなら、領主様がそこまで本気を出すのも分かる。
これは止めようが無い。
けれど──
「何も知らないまま結果を知って後悔するのと、すべてを知った上で万策尽くした上で後悔するのでは、違うと思いますよ。」
「──っ!!」
少なくとも、僕は知って良かった。
あの時、何も知らないままセーム様やルミ達が犠牲になっていたら、一生後悔したはずだ。
ユノさんは沈黙してしまった。
「…結局、フリージアさんが「魔王教」徒である事は確実なんですね?」
「…そうです。たぶん、もう軍の監視が厳しくなり、町に出てくる余裕もないのではないでしょうか。」
ユノさんの声に力が無い。
「ユノさん、一つだけ分からないのですが、「魔王教」徒と分かった上で、騎士団長さんがうっかり機密を漏らす可能性もあるのに、二人の交流を止めなかったのは何故ですか?」
いつかは分からないが、フリージアさんが「魔王教」徒だと判明した時に、二人を引き剥がす事もできたはずだ。
それをしなかったのは、何故か?
「…フリージアさんが、何か裏があって騎士団長に近付いてるのには、何となく気付いていました。でも、騎士団長もフリージアさんも、本当に楽しそうに会うようになっていって、…事実が判明した頃にはもう、私も引き離し難くなっていました。」
情か…。
ユノさんのような、優秀なヒトでも決断を鈍らせるのだから、二人の仲の良さは相当だったのだろう。
「緊急警報ですっ!!全ギルドメンバーは、現時点から明後日まで南の森へ入る事を禁じます!これは領主命令です!繰り返します──」
先程から何故か姿が見えなかったキャロットさんが、受付に戻って来るなり、ギルド内に居る全員に聞こえるように、そう言ってきた。
「これって…。」
「…明日早朝、軍は動きます。そうなれば、もう手出しは出来なくなります。」
はぁ?!明日ぅ!!
そんなに切羽詰まってたのか!
受付には説明を求める者が詰めかける。
「すみません。詳細は私の口からは説明出来ません。そのような権限は与えられて居ませんっ!」
キャロットさんは、詰めかける冒険者にそう語る。
うん、軍事機密だものね。
キャロットさんが説明を受けていたとしても、公開は出来ないだろう。
だがもともと、南の森に行かないように、と言われていた者も多かったためか、すぐに皆引き下がって行った。
「あっ!ノエルさん、ちょっと来てください!」
「ほえっ?」
ひとしきり説明を終えたキャロットさんは、ノエルさんの手を取り、奥に引きずって行った。
「ちょっと、キャロット?!」
それを見たユノさんが、慌てて二人を追い掛ける。
…たぶん、部外者の僕は聞かない方が良い話だろうね。
ま、聞いちゃうんですけど。
『指向性集音』(要は盗聴)を発動。
これで、奥に行った三人の会話が、僕には聞こえるようになる。
「軍が明日、南の森の「魔王教」施設を奇襲します。ノエルさん、フリージアさんを救ってあげて下さい!」
「え?え?いきなり、なんのこと?」
「キャロット!それは機密です。貴女に口外する事は許されていませんよ!」
「いいえ!私は「ギルド員に伝える」事は禁じられました。しかし、軍関係者に伝える事は禁止されていません!」
なるほど!それは指示者の落ち度だ。
というか、キャロットさんは事情を知ってるみたいだけど、ユノさんの調査の協力者だったのかな?
「二人とも何を言ってるの?ちゃんと説明して!フリージアが危ないの?!」
「…説明します。」
これ以上隠し切れないと観念したユノさんが、すべてを話した。
「それじゃあ、フリージアが死んじゃう、ってこと?!」
「「……。」」
二人が沈黙しているのが、その答えだった。
「いやじゃ!絶対にフリージアは死なせん!!」
「しかし、軍に逆らうわけには…。」
軍がフリージアさんを手に掛けるのを阻止すると言うのならば、それは軍を裏切る事になる。
「いいや!それなら、私が先に「魔王教」をぶっ潰せば、領軍もそれ以上手出し出来んじゃろ?」
「「はあああぁぁぁぁ?!」」
あっは!!そう来たか!
確かに、先に「魔王教」施設を襲撃して、全員を殺さず捕らえることが出来れば、軍もそれ以上、信徒に加害する大義名分は無くなる。
「そうと決まれば、すぐに突貫しなきゃ!寮に鎧とりに行く!」
「あ、待ってください!」
ドタドタドタッ!
「うおぉぉぉっ!」
「はい、ストップ!」
「えっ?!」
バインッ!
「うぐっ?!」
重い?!
これが日々研鑽を欠かさぬ女騎士の体か。
ノエルさんを止めるために立ちはだかったは良いが、危うくノックアウトされそうだった。
「クロー君?」
「…ノエルさん、さすがに一人で突貫するのは、団員を信頼しなさすぎじゃないですか?」
「えっ?」
「そうですっ!行くのなら私も、いえ、私達もお供いたします!」
ノエルさんに追いついたユノさんは、ギルドを出て持っていた笛を吹いた。
「おっ!緊急招集?!暴れるんすね?」
ガタッ、と立ち上がったエイプリルさんは外に駆け出して行った。
今の笛が緊急招集の合図なのだろう。
耳をすませば、遠くから同じ笛の吹き替えしが聞こえる。
「ユノ…。」
「今まで黙っていて、…いえ、覚悟が決まらなくて申し訳ありませんでした。これより先、全て貴女の決定に従います。どうか、お供させてください。」
「…っ!あったり前じゃあ!ユノが居なくて、私に何が出来るの?一緒に行くぞぉっ!!」
「はいっ!!」
ドドドドドドッ!
二人も駆け出して行ってしまった。
やれやれ。
…あんなの見聞きさせられたら、僕もじっとしてはいられないよ。
というか、ノエルさんがヤバい、良い意味で!
あんなヒト、絶対に死なせるわけにはいかなじゃないか!
僕は、隠れるようにそっとギルドを後にした。