05_再会
「あっ!今日も居たっ!」
昨日ぶりの声が聞こえる。
ノエル騎士団長さんの声だ。
「あ、こんにちは。」
僕は振り返り、挨拶を返す。
今日は3人で、メイさんが居なかった。
「あれ?今日は何も食べてないの?」
「いえ、さっき食べましたよ。今日もノエルさん達が来るかもと思って、待ってたんです。」
これは本当、やっぱりここのオーク料理は美味しい。
まぁ、おかわりするほどは食べられないが。
食べ終わった後も、ミルクを注文して待っていた。
「えっ?!待っててくれたの?えへへ…。」
「あの、騎士団長が調子に乗っちゃうので、甘い顔しないであげてくれませんか?」
うん、ユノさん辛辣。
そして、当然のようにまた囲まれてしまった。
話を聞くには好都合か。
「…そう言えば、今日はメイさんが居ませんね。」
「メイはまだ仕事中だね。…あれ、気になる?」
エイプリルさんが答えてくれる。
「あ、いえ。昨日居たのに、と思っただけで。あと、フリージアさんも今日は見てないですね。」
「あ〜、フリージアとは会ったり会わなかったりだから。」
「毎回会うわけでは無いですね。来るなら夕方のこの時間でしょうが。」
ノエルさん、ユノさんが交互に教えてくれる。
「なに?フリージアが気になるの?」
「いえ、昨夜別れた後、ちょっとだけ夜の町を歩いてみたんですが、フリージアさんらしい方が南の方に歩いて行くのが見えたんですよね。フリージアさんって、町の南側に住んでるんですか?」
僕がフリージアさんを気に掛けるのが気になるのか、ノエルさんが聞き返してくる。
それに対して、さらに気になっている点を聞き返してみる。
「えっ?!夜の町を一人で?危ないよ!言ってくれれば、お姉さんが付き添ってあげたのに。」
あ、そっちが気になります?
「…そして、自宅に引っ張り込むんですか?」
「ま、まさか。あはは、はは…。」
ユノさんの指摘に対して、曖昧に笑って返すノエルさん。
だから、怖いですってば。
「ま、それなら逆に安全じゃないですか?寮に連れ込んでも、周りに誰かしらは居ますから。」
エイプリルさんがフォローを入れる。
「あれ?寮があるんですか?」
「いえ、もともとノエル騎士団長が住むために借り上げられた邸宅です。が、なにせ生活力の無い方ですから、団員を住まわせてお世話をさせてるうちに、実質、騎士団寮のごとくなっているんです。」
「だって、皆が居た方が楽しいじゃろ?」
騎士団長様って、こんなに威厳が無くて良いものなんですかね?
「私らとしても、個人で家を借りるより安く上がるので助かってます。その分、ちょっと騎士団長の世話をするだけで良いなんて、楽なもんですよ。」
「はぁ、何度も言いますが、もっと節度を持って接しなさい。仮にも貴女の上司なんですよ?小動物の世話をするのとは、わけが違うんですからね?」
「は〜い。」
…なんだか、ユノさんの言い方もちょっと違う気がするんですが。
でも傍から見る分には、なんだかんだ良い組織のように見える。
「クローくんも。」
「はいっ!?」
うあ、飛び火した!
「どんなに誘われても、寮になんて来てはダメですよ?「周りに誰か居る」にしても、その「周りの誰か」も男に飢えてる者ばかりなんですから。」
「「確かに!」」
ハモんないで、ノエルさん、エイプリルさん。
…でも正直、それはそれでアリな気もしてきてしまうなぁ。
じっ……。
「う゛…。」
僕の心の内を見透かすかのように、ユノさんがジト目で見つめてくる。
話を変えよう。
「そう言えば、アプリコット公爵様が近くいらっしゃると聞きました。どんな方か知ってますか?」
「えっ?…う〜ん、話が小難しいおっちゃん、くらいしか知らんよ。あと、めちゃ偉い方なんよ。」
ノエルさん、それほぼノーヒントなのですが。
てか、会ったことがあってそれは酷い、どんだけ関心無かったの?
「…アプリコット公爵様はゾマ・ヴォルフント教と関係の深い方で、国内を積極的に遊説されるのです。自身も熱心な信徒であると聞いたことがあります。」
ああ、小難しいってそういう…。
「ゾマ・ヴォルフント教」とは多神教のゾマ教のこと、つまりコラペ王国の国教だ。
一神教のゾマ教と区別するため、そう呼んでいるらしい。
「ヴォルフント」とは、犬系の獣人達が信仰する神様で、太陽神ゾマ・ファルベ以外の神も受け入れる象徴として並べて呼ばれるのだ。
おそらく、アプリコット公爵様は宗教的な説法を話に混ぜる方なのだろう。
子供が聞けば、少々小難しく聞こえるのかもしれない。
だけど、成人済みの伯爵令嬢が自国の教義に関する説法を「小難しい」と表現するのは、素直すぎないですかね?
「…そして、熱心であるが故、異教徒・邪教の排斥にも積極的に取り組んでおられるそうです。」
ん?
…なんか雲行きが怪しくなってきた?
「過去には「魔王教」等の、いくつかの邪教徒を粛清したという逸話があるほどです。」
うあぁ…。
前世世界なら、過激派、原理主義、とかの表現をされるやつじゃん。
「へぇ。良く知ってますね。」
「騎士団長を支えるのが私の責務ですからね。少しでも仕事に関連しそうな事は調べるようにしてるんです。」
なるほど。
上司に抜けてる面があると、その分、部下に優秀なヒトが集まるという典型だね。
でも、領主側が「魔王教」の処分を急ぎたい理由は分かったかも知れない。
アプリコット公爵様がいらっしゃる前に、目障りなものは掃除しておこう、という考えなのだろう。
でも、だとしたら領主側は軍を動かすのを止めないだろう。
どうにかフリージアさんと話して、場合によっては彼女だけでも助けたいと考えてしまう。
「…どうしました?そんなに考え込んで。」
「あ、いえ。フリージアさん、今日は来ないのかな、と。」
「随分、フリージアさんを気にするんですね。さらに、アプリコット公爵様の話題も気にしてますが、何か懸念でもあるのですか?」
…あれ?
これは、なんか疑われてる?
というか、鎌を掛けられてる?
…だったら、乗ってみますか。
「ま、おうざっぱに言うと、フリージアさんに興味がある、という事です。」
ピクッ。
お、ユノさんに反応あり、かな?
「ええっ?!クローくん、フリージアの方が気になるの?」
ノエルさんも反応する、これも想像がついてた。
「ま、おうとつの無い、スレンダーな体型も良いと思うんですよ。」
「がーんっ!」
凹凸の主張が激しすぎるノエルさんには、ちょっと酷な言い方をしてしまった。
でも「まおう」から始まる言い回しなんて、咄嗟に何パターンも思い浮かぶものじゃないし、勘弁して欲しい。
…さて、これで伝われば良いけど。
「…クローくん、ちょっと二人だけで話しましょうか。」
ユノさんが立ち上がる。
良かった、伝わったようだ。
「えっ?なに、ナイショ話?私も──」
「騎士団長は、ステイで!」
「ワンッ?!」
ユノさんがビシッ、と片手で制すと、立ち上がりかけたノエルさんは大人しく座ってしまった。
「節度を持って接する」とはなんだったのか。