04_邪教
「こんにちは~。買い取りお願いしま〜す。」
町に帰った僕は、ギルドに来てみた。
ギルマスはどうせまた解体室に居るだろうと思ったら、案の定だった。
「はぁ?おい、またオークか?さすがに怪しまれるぞ。」
うん、二日連続でオークなんて仕入れたら、「あいつどうやってるんだ?」と、勘ぐる者も出てくるかもしれないね。
…まあ、まだ一頭分ストックはあるのだけれど。
「残念ながら、一角兎です。今朝、散歩がてら狩って来ました。」
「あ〜、それなら銀貨まではいかねぇなぁ。」
「それで良いですよ。…それより、今は何を解体してるんです?」
何やら解体してるのは分かるが、原形を留めていないため、何を解体してるのかが分からない。
「ん?昨日、お前が持ち込んだゴブリンだ。悪くなる前にチャチャっとやっちまわないとな。」
「へぇ…?食用にするんですか?」
「ああ。ま、ヒトが食うってのは聞かないけどな。家畜やペット用さ。干肉にしたり、骨を食べさせたり、細かい骨や筋は砕いて家畜の餌に混ぜたりな。」
ああ、前世世界でもそんなの聞いたことあるな。
あれは何て生き物だったっけ?
「そんなに需要のあるものじゃないが、仕入ること自体がまれだからな、ほどほどに売れるんだよ。」
「へぇ〜。」
「…んで?そんなこと話しに来たわけじゃないんだろ?」
「…あはは、バレてましたか。いや、興味本位で聞くんですけど、町の南の山陰にある建物、って何か知ってますか?」
「ッ?!」
ダムッ!!
ギルマスが持っていた短剣を解体台に打ち付けた。
「…なんで、アレのことを知ってるんだ?」
ギルマスが、顔をグギギとこちらに向けて聞いてくる。
おんや?
そんなにヤバい建物なのかしら、アレ。
「いえ、この町に来る時に通りすがりに見えたもので、気になってたんですよね。」
「…そうか。いやまぁ、よく考えればお前がアレの関係者である可能性は低いよな。」
「関係者?」
「あれはな、邪教徒が建てた施設だ。」
「…邪教徒とは、穏やかじゃ無いですね。」
コラペ王国とカダー王国は友好国だが、決定的に違う点もある。
その内の一つが国教の教義だ。
同じ太陽神ゾマ・ファルベを崇めてはいるものの、カダー王国は一神教で、コラペ王国はゾマ・ファルベを主神とする多神教という点が異なる。
これは各国の成り立ちに起因しているとされている。
人族により建国されたカダー王国と異なり、コラペ王国は土地柄多くの獣人族、エルフ、ドワーフ等が住んでいる。
当然、各種族・各民族で崇める神が違う。
そんな土地を治めるため、全ての神を受け入れる形で多神教となったとされているのだ。
では、そんな国で「邪教」とされるのは、どのような宗教か?
崇める神が違うだけでは、「邪教」とは言われない。
その神、または、崇める対象が、ヒトに仇なす存在である場合に「邪教」と認定されるのだ。
それ以外に、崇める神が同じであっても、宗教活動が明らかにヒトに害を成す場合は「邪教」とされることがある。
つまり、ギルマスが「邪教」と言ったからには、あの建物で住んでいるのは、ヒトに仇なす者達だと言う事なのだろう。
少なくとも、この町のヒト達にとっては、その認識で間違いないようだ。
…でもなぁ。
「どういう教団かは分かってるんですか?」
「ああ、確か「魔王教」だ。」
「魔王教」とは、そのまま魔王と呼ばれる存在を崇める教団だ。
魔王とは、魔族の中でも群を抜いて危険度の高い存在を指す称号で、この地域の近辺では、南の『不死の魔王』、北西の森の『翼の魔王』、北の山脈を越えた先の魔族国の王、等が挙げられる。
いずれもヒトに友好的ではなく、崇める事に何のメリットも無いのだが、まぁ宗教ってそんなものだし。
「その「魔王教」から、町は被害にあってるんですか?」
「…なんでも、信者が窃盗を行っているらしくてな。その被害が商会や伯爵様の周りまで及んでいるそうだ。そのせいか、伯爵様もそろそろ手を打とうとしてるらしいぞ。」
「へぇ。」
「ま、南の森にはこれ以上近付くな。信者が何してくるか分からんし、軍に勘違いされて面倒な事になるかも知れん。…いつも居るヤツラにも、同じように声を掛けてる。」
「えっ?!」
「ん?何だ?」
「…「いつも居る」メンバの中に、「魔王教」のヒトが居たら、情報つつ抜けじゃないですか?」
「……。」
おっと?
考えに無かったかな?
「ま、ギルド員に全幅の信頼があると言うなら、止めませんけどね。」
「お、おう。…その、なんだ。…気をつけるわ、うん。」
この世界は前世のような情報化社会じゃない。
一般市民が情報の流出に過敏で無くても仕方ない。
ただ、重要な情報を知り得る立場のヒトは、気をつけた方が良いね。
「…ちなみに、ですけど。「魔王教」信者ってバレると、どういう扱いになるんです?」
「ん〜?…基本的に、盗賊共と同じようになるかな。今はまだヒトに危害を加えてないから、いくらかはマシかも知れんが…。」
捕らえられる対象にはなるわけか。
「仮に、ですが。ギルドに出入りしている冒険者が信者だった場合、ギルドは匿いますか?それとも、役所に突き出しますか?」
「それは突き出す、としか言えねぇな、立場上。…しかし、なんでそんな事聞くんだ?まさか、心当たりが居るのか?」
「う〜ん、まだ確たる証拠があるわけじゃないので、名前は伏せます。」
「…分かった。だが、あまり首を突っ込むなよ?まだヒトに危害が出てないからって、これから事件が起きないとは限らないからな。」
そうは言われましても、せっかく旅をしてるのに、気になる話題に首を突っ込まないでいる、のは無理かな。
「話は変わりますけど、近くこの町に誰か偉いヒトが来る、なんて事あります?」
「はぁ?…ええと、そういえばアプリコット公爵様がいらっしゃるらしいが、何故そんな事を?」
うあ、ホントにそんな予定あるんだ。
…セーム様のようなお立場の方かな?
「いえ、町を発つ予定を立てるなら、面倒な事がありそうな期間は避けたい、と思いまして。」
「ああ、そうか。でも、公爵様がいらっしゃるのは一週間後だ。それまでには、クラスプレートも出来上がるだろう。」
一週間か。
伯爵様がそれまでに対処しようとしてるなら、時間は無いな。
「ちなみに、アプリコット公爵様ってどんな方か知ってます?」
「んあ?…あ〜いや、よく知らん。2・3年に一度いらっしゃるんだが、なんの為に来てるのか、とかは下々の俺らは知る由もないさ。」
ま、そか。
セーム様の事も、旧ホーンテップ領の皆はほとんど知らなかったし。
「分かりました。ありがとうございます。」
「おう!一角兎の代金はキャロットに言ってくれ。」
そう言うと、また解体作業を始めるギルマス。
僕は解体室を出て、受付に向かった。
う〜ん、厄介なことに気付いちゃったなぁ。
昨夜見た逃走者、あれを『空間把握』で捉えた際、一瞬だったけど顔が認識出来た。
フリージアさん。
直前まで話していたヒトだ、間違うことは無いだろう。
そもそも、エルフという時点でだいぶ可能性が高かったわけだけど。
逃走者がフリージアさんで、かつ、「魔王教」信者だと仮定すると、その末路は非常に暗い。
ギルマスは「南の森に近付くと、軍に勘違いされる」と言った。
つまり、軍は既に南の森を監視している、ということ。
さらには、アプリコット公爵様が来るまで、一週間以内に「魔王教」を排除しようとしてるのではないだろうか。
魔術師であるフリージアさんを確実に排除しようとする場合、採られる選択肢はほぼ一択だ。
すなわち「確実に息の根を止める」一択。
そんな事になったら寝覚めが悪いどころじゃないので、なんとか本人に探りを入れたい。
場合によっては、実力行使に及んででも、彼女だけは現場から遠ざけたい。
ただ、肝心のフリージアさんがギルドに来ない。
昨日の夜の一件で町に来づらくなったのか、「魔王教」側が軍の行動に気付いて守りを固めたか、理由は分からない。
…そもそも、僕の考えが全くの的外れであったなら、それで良いのだけど。
仕方ない、彼女と親交のあるヒト達に話を聞いてみよう。




