03_鬼ごっこ
ノエルさん達と別れて宿屋に帰って来た。
僕はベッドで大の字になり、さっき言われた言葉を反芻している。
「もっと素直にしゃべって良いんだよ?」
傍から見れば、そう見えるのか。
本心を隠している、と。
でもそれは、前世でも今世でもそうしてきた事だ、今更変えられない。
前世では仕事場で、今世では家族に自分の目的を悟られ無いようにするため。
……。
でも、本心を語りたい気持ちは僕にもある。
もし、生まれ変わりというものがあるのなら、きっとこういった葛藤も含めた全ての記憶を無くす事、にこそ意味があるのだろうな。
となると、過去を思い出し、それが原因で葛藤している今の僕の状態はバクのようなものだろうか?
そのうち、パッチが当たってバクごと無かった事にされるのだろうか?
でも、記憶が戻る前のクソガキだった頃の自分に戻るのは嫌だな。
そもそも、僕という存在自体が消されてしまったりして。
…なんだか考え込んでしまう。
このままじゃ寝れないな、夜の町でも見に行こうか。
宿のヒトに気付かれても面倒なので、屋根から出よう。
まだ宵の口。
飲み屋や怪し気な店の灯りがチラホラ見える。
僕は、『闇纏い』と『重力制御』を掛けて、屋根伝いに街を飛び回っている。
例え下から見えたとしても、夜空と同化して気付かれる事は無いだろう。
伯爵領の領都とはいえ、前世世界のような広大な町が広がっているわけではない。
町の端から端まで数キロ、1時間も飛び回ればだいたいのエリアはざっと見回ることが出来た。
最後に来たのが、領主邸や役場がある中心部分。
やはり、他とは違って建物がしっかりしてる。
ん?
何か、屋根の上で動いているような?
ぞわっ!
えっ?!
この感覚は『空間把握』とかの、感知系魔術?
誰かが、…いや、この状況は明らかに目線の先に居る「誰か」から放たれたものだろう。
つまり、相手は魔術師だ。
幸いなことに、今の僕は『闇纏い』を使っている。
これは魔術の防御にもなるため、中までは見透されないはず。
相手からはフードマントを被った形の、黒い影のように見えてるはずだ。
そして、こちらも『空間把握』『熱源感知』『魔力感知』を発動。
3つの魔術すべてで、目標を捉えた。
『空間把握』で見た感じ、エルフ?
あ、向こうもこちらが感知系魔術を使った事に気付いたようだ。
さて、どうする?
正体不明の見知らぬ存在に、突然、姿を補足されたのだ。
「逃げる」か「排除する」か?
…「逃げる」選択をするようだ。
相手に何かされた訳じゃ無いが、せっかくだし、鬼ごっこに付き合ってもらおう。
僕は相手─逃走者と呼ぶことにする─を追いかける。
逃走者も『重力制御』を使用しているらしく、機動力はあまり変わらない。
このまま追いかける続けても、本拠地まで素直に行ってはくれないかな?
僕は感知系の魔術を切り、『暗視』を発動する。
これは自分の身体、目を強化する魔術のため、逃走者に感知されなくなるはず。
目で追わなくちゃいけないのがしんどいけど。
しばらく追うと、逃走者は南の森に入って行った。
あれ、町の中の拠点に帰るんじゃないのか。
…感知系の魔術を使わずに夜の森に入るのはやだな。
魔術を使えるようになった半年後、森で死にそうな目に会った記憶が蘇る。
魔物は夜行性の種が多いため、危険なのだ。
深追いは止めておこう。
せめて、逃げて行く方向だけでも把握しておこうか。
その後、その場で一時間くらい夜風にあたりながら待ったけれど、逃走者が再び姿を現す事は無かった。
その日はそのまま宿屋に戻り、就寝。
翌朝、朝の日課がてら南の森に行ってみた。
そして、一山越えた先に建築物を見つけた。
山の陰に隠れるように建てられたその建物は、意外に町まで距離も遠くなく、かつ、町からは目立たない、隠れ家であるかのような立地になっていた。
初めは盗賊のアジト的なものかとも思ったけれど、それにしては小綺麗で造りもしっかりしている。
山奥の施設と言えば、…研究所、保養所、あとは、宗教施設とか?
でも、この世界で前二つを山奥に造る利点なんてあるか?
魔物に襲われ破壊されるリスクを犯してまで人里離れた場所に造る必要性が考えつかない。
一応、哨戒の者も立っているし、柵も作られてはいるけれど、ちょっと強めの魔物が現れただけで決壊しそうに見える。
昨夜の逃走者が居るとすると、迂闊に感知系の魔術も使えないし、これ以上探る手立てが無い。
潜入も出来なくは無さそうだけれど、単なる好奇心でそこまでリスクを犯すのは割に合わない。
…一旦、町に帰ろうか。