46_北部白日騎士団
クローによる妨害があった翌日、ティアナ達は街道沿いを国境に向かっていた。
「街道沿いは一般兵による巡回がされますから、見回りの頻度を上げて貰うことで対応しましょう。流石に我々だけでは手が足りませんので。」
フラウノがティアナに提案する。
ティアナ達は移動しながらも、この作戦についてあれこれ話し合いながら進んでいた。
「そうね。あと、我々が国境付近から折り返すと言ったけれど、確実に逃さないようにするなら、配置後はあまり動かない方が良いかもね。何かあった場合は、国境近くに兵士用の集落もあるので、そこに戻る事も出来るし。」
「は〜い!」
ティアナの意見に、猫獣人の団員が反応する。
「なに?スノウノ。」
「それだと、クレソンから森の中を進む娘達の負担が大きくならないですか?ウチは野外演習はあまり力入れてませんし。」
「ゔ゛っ、確かに。」
普通、兵ならば野外で長期間戦闘を行う事を想定した訓練を行うものだ。
もちろん北部白日騎士団も、野外演習は行っているがのだが、トップである二人の子爵家令嬢がこの演習に積極的でないため、極力、演習頻度を減らしてしまっていたのだ。
「…ティアナ様もテミス様も、演習を真っ先に切り上げられてましたし、部下もそれに習ってしまったので、最低限の事しかしてないんですよね…。」
フラウノが畳み掛ける。
「仕方ないでしょう?!嫌いなものは嫌いですし、普段の我々の仕事では野外行軍する場面なんて無かったですし。」
「それで困る場面が来てしまったから問題なのですが、…まあ仕方ないでしょう。彼女らが無事に任務遂行する事を祈りましょう。」
フラウノの言い方は、やや当たりが強いものとなっている。
フラウノは平民の出だが優秀で、ティアナが常に側に置いている。
普段から先程発言したスノウノと3人で行動する事が多く、口調についても多少砕けてもティアナが気にしないため、その普段の素が出てしまっていた。
スノウノについては、元々、彼女はティアナの母親が物珍しさに連れて来た、メイド兼愛玩獣人であった。
それを母親以上に気に入ってしまったティアナは、常に一緒に行動させるようになり、スノウノもティアナを自然と慕うようになった。
その後、騎士になったティアナに付いて来る形でスノウノも騎士になってしまったのだった。
そんな経緯で騎士となったスノウノだか、フラウノほどでは無いが頭も切れ、何より剣の腕は騎士団屈指の実力になってしまい、完全にティアナが手放せない部下に成長してしまっていた。
そんな気の置けない部下2人の前では、ティアナも砕けた口調、態度になるし、2人にも同様にそれを許しているのだった。
「街道沿いをこのまま行けば、1、2日位は先回り出来るはずです。せめて、こちらはしっかり待機して、セレナ司祭を待ち構えましょう。」
「そう、ね…。」
そう言って、ティアナ達はリプロノとの国境まで急ぐのだった。
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一方、同刻。
クレソン側から進んでいる、とある団員の班。
「はぁ、整備されてない道を進むって、やっぱりきっついわ…。」
「つべこべ言わない!これも仕事なんだから!」
「でもさあ、白日騎士団なんて貴族様の護衛みたいな仕事ばっかりだったじゃん?急にコレはさ〜…。」
「いや、分かるけど。でも、軍に入ったからには、こんな仕事がある事くらい、分かってたでしょうに。」
「分かってたけど、忘れてたし!そんなこと!」
「…まあ、私もあと何日もこれが続くとか、キッツいけどね。」
「でっしょ〜?!」
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同日、夕方。
とある班。
「はぁ…。もう、むり…。」
「…そうね。まだ、先は長いし──、いった!!」
「へっ?!うおっ、一角兎!どっから狙ってきた?!」
「あっぶな!偶然、鎧に当たったから助かったけど、下手すりゃあの世行きだぞこんにゃろー!!」
「とおっ!!…なろー、ちょこまかと!」
「ふんすっ!」
「おおっ!やった!」
「ふふふ、夕食は焼き兎だねっ!」
「ちなみに一角兎って、兎に擬態してるだけで、実態は凶暴ででっかい鼠、って言って良いらしいよ?」
「……え、マジ?」
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とある班、数時間後。
「…うう、グロい。」
「見てるだけで文句言うなよ。」
「文句じゃないけどさ〜。よく平気で捌けるね?」
「実家でもよくやってたからね。…あんた、内臓いける?」
「…遠慮しまっす!」
「ん。んじゃあその分、肉を多めにしてやんよ。」
「女神か?!あざっす!」
「いや、内臓のが旨いと思うんだけどなぁ。あと、塩も無いから期待するほどじゃないぞ〜?」
「いいって、保存食かじるよかマシじゃん?」
「確かにな〜。」
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同刻、別の班。
「…あっちは楽しそうね?」
「狩人の娘が居るのだし、心強いだろうね。」
「…私じゃ頼り甲斐無い?」
「んなこと言ってないよ!ただ、野外活動はお互い慣れてないし、ってだけ。」
「そう、ね…。」
「作戦の性質上、近付きすぎてもダメだから、アドバイスも聞けないし、不便だよね。」
「うん…。あ、蛇食べる?保存食よりはマシだよ?」
「いやぁ、遠慮しておく。」
「そお?じゃあ、私が食べちゃうけど。」
「どうぞ。…ふふっ。」
「ん?」
「心強くは無いけど、あんたと居ると退屈はしないから良かったな、ってね。」
「…?!」
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同刻、さらに別の班。
「あっちはなんか、楽しそうね?」
「……ん。」
「なに?なんか今日はずっと暗くない?大丈夫?」
「うん…。この先、あの子に会うかと思うと、怖くてさ。」
「ああ、みんなが「天使様」って呼んでる子?あたしあん時、その場に居なかったんだけど、そんなヤバい子なの?」
「うん。なんて言うか、大声出すこともあったけど、ずっと冷静なというか…、こっちの話のおかしい所とか、痛い所をガン詰めしてくる感じ。」
「へぇ。(気が合いそう。)」
「…?なんか言った?」
「いいや。でも、それがそんなに怖いもの?」
「怖いよ!罪悪感と言うか、自分のやってる事が悪い事のように思えちゃって…。」
……。
「ま、まともなヒトなら、「悪い事」と思ってる事ばかりは続けられないらしいしね。」
「…へぇ。」
「町中で捕まるような常習犯てさ、「オレは悪くない!」って馬鹿の一つ覚えのように言うじゃん?アレってさ、割と本人は本気で言ってるらしいんだよね。」
「えっ…?!」
「驚くっしょ?でも、当人はマジで言ってるのよ。悪くないことだから、仕方の無い事だからやってんの。自分は悪くないって心の底から信じちゃってるから、犯罪も繰り返しちゃうの。笑っちゃうわ。あんたらのやってる事が悪い事だから、ウチ等の仕事の手間が増えてるってのにさ。」
「…。」
「あんたは逆だよねぇ。まともだから、今まで正しい事だと思ってたのが、間違ってたんじゃないかと思ってビビッてる。」
「うん…。」
「でもさ、今回やってる事ってそんなに悪い事かね?」
「え、だって…。」
「あのさ、仮に今回クレソン伯爵様に目を付けられなかったとしても、セレナ司祭がそんなに美人なら、違う変な奴にまた目を付けられてたって。」
「…っ!」
「そうなったら、ただ襲われてヤリ捨てされたかも知れないし、下手したら何処かに連れ去られて、さんざん弄ばれた挙げ句、娼館に流されて最後は病気になってそのまま、…なんて事も十分あり得るでしょう?」
「そ、そう、かな?」
「そうよ。それに比べれば、慣れるまで少し我慢すれば、貴族様の第二夫人くらいの地位で、裕福に暮らせる事が約束されてるなんて、天国と地獄くらい違うよ。でしょ?」
「…う〜ん。そんな極端な例と比べちゃうと、まぁそうなんだけど。」
「極端でも無いと思うけどな、私は。悲しいことなんて身近にいくらでも転がっているものなのだから。だから、私もあんたも罪悪感なんて感じることなんて無いのよ。なにより、軍としての命令なんだから、私達には選択肢なんて無いのだし。」
「…うん、そう、ね。」
「…ところで話は変わるけど、その「天使様」ってどんな子だった?容姿は?」
「は?…え、え〜っと、黒髪で身長は私らと同じくらい。歳は十二、三歳くらい?顔は、…多分、整ってる方だったかな?」
「ほうほう!なるほどね。」
「…なんで嬉しそうなの?」
「え?だって、もしその子が居たなら、魔術が使えなくなるほど痛めつけなくちゃいけないんでしょ?いやぁ、大義名分の元、大っぴらに可愛い男の子を痛めつけて良いなんて、ワクワクしちゃうよ!」
「えぇぇ…(ドン引き)」
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同刻、クロー。
「へーっくしょんっ!!」
「あら、大丈夫ですか?クロー君?」
「…うん、大丈夫大丈夫。」
「そうですか?…やはり、テントはクロー君が使った方が良いのでは?」
「いやぁ、ここまで一度もそのテント使った事なかったし、慣れてるから平気。セレナさんこそ、慣れない旅生活してるんだから、休めるときは休んで。」
そう言って、クローはセレナを休ませた。
セレナの言うテントとは、クローがまだカダー王国の王都に居た頃に自作していたものだ。
三角柱を横倒しにした形をしており、クローの前世世界で言うキャンピング用のテントでは無く、寝袋のような代物だった。
季節が夏なだけに、夜でもマントを被れば暑いくらいだったため、これまで使う場面も無く、実際に使うのはこれが初であった。
対してクローは木に寄り掛かり、寝るつもりだ。
周囲には鳴子を付けた紐を張ってある。
また、防御力は無いが破られる音を発する魔術結界も張っているため、奇襲は難しい状態にしてある。
騎士団に追いつかれても、魔物が出ても十分に対処は可能だ。
ふと、クローがうとうとして気付くと、セレナは既に寝ているようだったた。
クローは夜の森、とくにクレソン方向へ『空間把握』を掛けてみる。
しかし、追手の姿は確認出来ない。
(ま、そりゃあそうか。僕が指揮をするなら、国境側で待ち受ける兵と連携が取れる距離になるまでは、あまり追手の動向を知らせずにおく。そして、国境付近で動員出来る全兵力を注いで、速攻で方を付けようとするだろう。)
この先の見えざる追手の姿に怯えさせ、憔悴させる意図もあるだろう、とクローは考えた。
実際には、北部白日騎士団の面々が野外活動に慣れておらず、しかも一番遅れている班と歩調を合わせているため、クロー達に追い付けていないだけだ。
それなのに、クローの頭には兵として有能そうであった南部白日騎士団のイメージがあり、北部白日騎士団の事も過大評価気味になっていた。
クローは、国境付近に展開する兵達から逃げ延びるための策に、頭を巡らせるのであった。




