02_南部白日騎士団
「うっまっ?!何これ?!」
ジンジャー領都ギルドの食堂でオーク料理を食べたら、思いの外美味しくてびっくりした。
この地方の味付けなのかな?
柑橘系の果物が入ったソースが、オーク肉の独特の臭みを限りなく薄めている。
この臭みが苦手なヒトも、これなら食べられそうだ。
僕は元からオーク肉に抵抗無いけど、これほど美味しく仕上げられた料理は初めてだ。
「お口に合ったようで良かった。元々は冒険者が、狩ったその場で捨てて行ってしまう部位を、もったいないから食べてしまおう、として考えた料理らしいわ。」
ギルドスタッフのキャロットさんが説明してくれる。
ここは冒険者ギルド内の食堂。
同じギルド内なら、昼に納入したオーク肉が夕食に出る、とギルマスから聞いた僕は、素直に夕食に注文してみた。
出てきた煮込み料理が、まぁ美味い。
この地方独特の味付けだろうか?
こういうのが食べられるのも、旅の醍醐味だよね。
「オーク肉入ったって?!食べに来たよっ!」
おっ?
どうやら熱烈なファンが居るらしい。
しかも若い女性の声だ、オークも浮かばれるだろう。
「あら、騎士団様いらっしゃい。」
常連なのか、キャロットさんも声を掛ける。
チラリと見ると、女性が4人で連れ立って来ている。
皆、揃いの軽装備を身につけているし、先ほど「騎士団様」と呼ばれていたから、本当にそうなのだろう。
トットット。
ガタンッ。
「いただきま〜す。」
…なぜ囲まれた?
なぜ何事も無く食事を始める?!
カウンター近くのテーブルに座っていたけど、他にも空いてるテーブルありますよねぇ?
「…あの、何か?」
くっ、見知らぬ女性に強気に行けるほどのコミュ力は、僕には無いっ!
「んっ?いや、少年が独りで食べてるのが見えたから、寂しそうかな?って思って。」
ぶるんっ!
前世でも、実写は洋モノでしか見た事ないようなデッカい胸筋を揺らしながら、隣の女性が応える。
おおぅ…。
迫力すっご!
「いや〜、ごめんね~?」
「私らあやしい者じゃないんで。」
「騎士団長、自己紹介くらいして下さい。」
あれ?
もしかして、このデッカい女性が騎士団長さん?
「ああ、ごめんごめん。…私達は「コラペ王国南部白日騎士団」。そして、私が騎士団長のノエルだよっ!」
「副団長ユノです。」
「団員Aエイプリル!」
「団員Bメイ!」
……。
「あ、クローです。冒険者をしてます。一人旅中です。」
いかん、4人の期待の眼差しに耐えきれず、名乗っちゃった。
隣国の犯罪者の名前なんて出回って無いと思うけど、あまり貴族や軍関係者とは関わりたく無いなぁ。
あと、団員Aを名乗るエイプリルさんは犬獣人かな?
カダー王国では獣人自体珍しかったので、目を引く。
「君いくつ?そんな歳で一人旅してるの?」
「12です。両親も居なくて身軽なもので、どうせならいろいろ見て回りたいと思って。…採取とかしながら生活は出来てますよ。」
うん、嘘は言っていない。
実の両親は二人とも鬼籍に入っているし、僕も気付いた植物があれば採取もする。
採取「とか」をしている、と言って間違いじゃない。
魔物とか盗賊とかも狩ってたりする訳だけれど。
「12で一人旅?危険じゃない?良かったらウチ来る?」
「…騎士団長、白日騎士団は女性しか入れませんよ。あと、ちゃんと入団規定があります。いくら貴女でも勝手は出来ませんよ。」
「ううん、「私のウチに」って意味だったんだけど?」
「…サラッと犯罪を仄めかすの止めてくれませんか?」
すごい、この人天然。
悪意は無さそうだけど、知り合いのエルフを思い出すなぁ。
「ああ、それで横に来たんですね…。」
「いやぁ、えへへ…。」
「えっと、飼われる気は無いですけど、一緒に食べるくらいは良いですよ。」
「ありがとう。…でも、ちょっと残念。」
うん、純粋に怖い。
「落ち着いてますね。良家の出身そうです。」
「ユノ副団長、あまり立ち入った詮索をするのはマナー違反ですよ?」
「…確かにそうですね、失礼しました。」
冒険者はいわゆる「なんでも屋」だ。
だから、出身や過去の経歴もさまざまな者達が居る。
そんな者達が、時には同じ依頼を協力してこなす仲間になるのだ、余計なわだかまりは極力避けたい。
そのため、互いの過去については触れないのが冒険者のマナーとされている。
ただ例外として、罪歴については本人と、ひいてはパーティ全体の信用問題となるため、問われれば正直に答えるべし、とされている。
「いえ、お気になさらず。…確かに生まれは良いですよ、流石に詳細は言えませんけど。」
「うん、元気な子も良いけど、知的な子っていうのも良いねぇ。ご飯何杯でもいけちゃうよ。…おかわり!」
うん、食欲があるのは良い事だと思うけどね。
「言っとくけど、騎士団長以外は別に少年好きって訳じゃないからね?」
「そうそ、あーしらはむしろ騎士団長が好きで、一緒に居るし。」
そう言うエイプリルさんとメイさんの視線は、騎士団長さんの胸筋に注がれている。
…なるほど、やはり男女問わずソコに憧れる気持ちはあるものなんだね。
ちなみに僕にはあまり効いていない。
前世の世界では、あまりに大量にそういった写真やイラストが溢れていて、やや食傷気味なんだよね。
あと、やはりずっと一緒に居たメイドのルミの影響が大きい。
彼女に好意を持っていた僕は、すっかり貧N…、いや無いC…、え〜っと、そう美乳好きになってしまっている。
なので、騎士団長様の胸筋に有り難さは感じても、魅力とはあまり感じれない。
蛇足だが、僕は同年代にも興味を持てない。
これは前世世界の倫理観が継承されているせいなのだろうけど、未成人の女児に恋愛感情が湧かないのた。
そういった面でも、ルミは理想の女性だった。
──同刻、カダー王国ローエンタール領。
「…っ?!今、何故だかクロー様に、とても褒められてるのに微妙な感情にさせられる事、を言われた気がします!!」
「…いきなり何を言ってるんです、ルミ?」
…ん?
いや、気のせいか。
ルミに内心を見透かされる幻視をしてしまった。
「おかわりっ!」
…すごいなぁ、騎士団長さんはもう3杯目だ。
体は引き締まっているのに、何処に入ってるんだろう?
「あっ!いたいた!」
「あれっ?!フリージアも来たの?!やったぁ!」
「…あ〜、ひとり見慣れない子が居ると思ったら、例の病気かぁ…。」
新たに声を掛けてきた女性は、騎士団の方達と知り合いのようだ。
特徴的な耳の形は、エルフだろうか?
顔立ちも美しく、細身な体型もエルフらしい。
「えへへ、目についてナンパしちゃった。」
「いや、うん…。ほどほどにね?君も、嫌だったら言って良いんだからね?」
フリージアと呼ばれたエルフさんは、騎士団長さんの向かいに座りながら、僕にも声を掛けてくる。
「あ、大丈夫です。心底嫌ならちゃんと言いますから。僕はクローと言います、冒険者です。」
「そう?無理はしないで良いからね。私はフリージア、ハーフエルフよ。私も冒険者。」
へえ、ハーフエルフ。
人族とエルフ族の混血なんだ。
森で生活するエルフと、村や町を築き生活する人族は、生活範囲が違うことからあまり交流が無い。
ただ、僕が過去に出会ったふたりのエルフは、人族が癖に合ったのか好印象のようだった。
でも、このヒトはそこまででは無さそうだ。
「…あの、つかぬ事を伺いますが、エルフの方も年若い人族は好みだと聞いた事があるんですが、フリージアさんは違いそうですね?」
「あれ?珍しい事知ってるね。…まあ、エルフでも百歳以上のヒト達はそんな感じっぽいけどね。私は見た目通りの年齢なんで、たぶん人族の感覚の方が近いかな。」
おお、まともっぽい。
「…それに私は、どっちかと言うと女の子の方が好きだから、心配しなくて良いよ。」
おや?
それは安心出来る要素なのかな?
見るとフリージアさんは、騎士団長さんに視線を向けている。
あっ(察し)。
…モテモテじゃん騎士団長様。
でもそれだと、皆さんライバル関係になってしまうのでは?
ポンッ。
「大丈夫です。少なくとも私達3人は「見守り派」ですから…。」
ユノさんに肩を叩かれ、的確なフォローをされた。
チラリとエイプリルさんとマーチさんを見ると、穏やかな笑顔でフリージアさんと騎士団長さんの遣り取りを見ている。
なるほど、これが「壁」か。
推しカップルの一番傍で仲睦まじい様子を観察できる立場、な訳だ。
「まあ、私達では身分の差で、どうしても深くは踏み込めませんからね。」
「身分の差?」
「はい、一応これでも伯爵令嬢ですからね、この方は。」
「…へっ?!」
このハラペコ胸筋お姉さんが?!
「隣領のシルバラード伯爵様の御息女です。」
「そうだよっ!」
食べるのに夢中でも、ちゃんとこちらの会話は聞いていたらしい。
ノエルさんが元気良く肯定する。
「そうでもなければ、この御歳で騎士団長など任されませんよ。」
なるほど、伯爵様のコネもあっての立場というわけか。
「あれっ?でもじゃあ、なんでこのジンジャー領に赴任したんです?地元の方が、いろいろやり易くないですか?」
「それじゃあ甘やかされて、何もできない大人になっちゃうよ。お父上も「私の威光が届かない所で研鑽を積みなさい」と、おっしゃっていたもの。」
決して娘に甘いだけでは無いってことか。
本人も自立心はあるらしい。
「…と、言うのは建前で、シルバラード伯爵様としては、禍難の地から愛娘を遠ざけたかったのではないか、と邪推します。」
そこにユノさんが推論を持ち出してきた。
「禍難の地?」
「はい。シルバラード領は南にカダー王国、北西にヒトの踏み入れない大森林に挟まれています。また、西で僅かにジサンジ帝国とも面しています。非常に統治の難しい場所なのです。」
それは、…なかなかに面倒臭そうだ。
森からは、弱肉強食の世界からあぶれた魔物が、町や村に現れる事もあるだろう。
「そのため、ノエル様が騎士団長を担うとなった折、南部白日騎士団をここジンジャー領へ配置されたのではないでしょうか。…たしか、ジンジャー伯様とはご親戚なのですよね?」
「そうだよ。お母上の従兄弟だったはず。」
なんか、ユノさんの推論が的を射てそうだ。
「…そう言えば、最近、領軍のヒト達が忙しそうにしてるんだよね。でも、私達には面倒な仕事は回って来なくて、…これって気を遣われてるのかなぁ?」
「へえ?忙しそう、ってどんな風に?」
フリージアさんが話を振る。
「…え〜っとね。」
「ノエル騎士団長、それ以上は軍の機密情報です。このような場で言うべきではありません。」
詳細を話そうとする騎士団長さんを、ユノさんが制す。
ま、それはそうか。
どんな軍だって、軍事情報か外部に漏れるのはまずい。
「あ〜、ごめん。興味本位で聞いちゃって。」
「ううん、気にしないで。ユノも指摘してくれてありがとね。」
「恐縮です。」
ユノさんがノエルさんの行動を的確に補佐して、ノエルさんも疎ましがらずにそれを受け入れる。
さらには、騎士団長を慕う取り巻きも居る、と。
なかなかバランスの良い組織になってそうだね、騎士団は。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな。」
「ノエル騎士団長、まだ報告書の作成が残ってますよ。」
「う…、がんばります。」
ノエルさんが項垂れる。
夜になって飲み目的の者も多くなってきた。
食べたかったものも食べたし、そろそろ解散か。
なんだかんだで、健康的で綺麗なお姉さん方といろいろ話せて楽しかった。
「そういえは…。」
帰りがけ、騎士団長さんが声を掛けてきた。
「…はい?」
「君は、感情を隠すのが上手そうだけど、まだ成人前なんだから、もっと素直にしゃべって良いんだよ?」
「…っ?!」
不意打ちだった。
やばい、今、自分がどんな顔してるか分からない。
「なに言ってるのさ、ノエル。」
フリージアさんが割って入ってくれる。
今はありがたい。
「いや、だってこの頃の男の子なら、みんな私の胸をチラ見くらいしてくるものなのに、この子は全然見てこないから…。」
「そんなの、好みもあるし。…ってか、本人の前で言わないであげて、可哀想に!」
「あはは、じゃあ僕は宿を取ってるので、これで。」
自分でも何故これほど動揺するのか分からないけれど、とにかく早くひとりになりたかった。
「うん、またね。」
「…ちなみに、どこの宿に──」
「「団長?」」
3人からのツッコミが入る。
「──ッス〜、じゃ、じゃあね〜。」
手を降るお姉さん方を見送って、僕はひとり宿に戻った。




