26_アーク・ボア
「…なんかあの子、真っ直ぐ何処かに向かってない?」
休憩明けのクロー少年は、拓けた道をひたすら進んでいる。
「そうだな。なんと言うか、迷わず目的地に向っているようだが…ヴェロニカ?」
クロワも同じ事を思っていたのだろう、ヴェロニカに意見を求める。
「…うん、魔術だろう。このままお目当ての場所まで行くつもりかな。」
「お目当ての場所、って…?」
エクレアが恐る恐る尋ねる。
「「アーク・ボア」の居る場所、だろうな。」
「…そんな、ピンポイントに分かるものなのかい?」
「分かる。…が、一般的には有名な魔術じゃない。たいていの魔術師は、派手な攻撃魔術を優先して覚えようとするからな。」
ロゼッタの疑問にも、ヴェロニカはしっかりと答える。
「…ちなみに、ヴェロニカも使えるの?その魔術。」
「使えるが、今使えばクロー君にバレてしまうだろう。それでは、尾行にならない。」
エクレアの質問に、ヴェロニカは事も無げに答える。
「…そろそろ、こちらも気合入れとかなくちやいけない、って事だな。」
クロワが話をまとめる。
クロー少年が「アーク・ボア」に向かっているのなら、間もなく鉢合うだろう。
クロワ達としても、そこからが本番だ。
ズンッ…!
「…えっ?!なに、この振動?」
エクレアがつぶやく。
だが、彼女も本当は理解している。
強い振動は一度きりだったが、その後も定期的に繰り返し振動を感じる。
この重い振動が、何から発せられたものなのか。
そして、ほどなくしてソレは姿を現した。
フシュウゥゥゥゥゥ。
かなり距離をとっているはずだが、ソレの息づかいがハッキリと聞こえる。
崖の陰から現れた、崖と同じぐらいの大きさ。
シルエットはエクレア達もよく知る猪そのものなのに、その巨大さは絶望的な格の違いを感じさせる。
アーク・ボアであった。
「…なんだい、アレ。本当に話に聞いた通りじゃないか、少しは話を盛っとけっての!」
ロゼッタが不満を漏らす。
「っ?!おいっ!やめろっ!」
ヴェロニカが何かに気付き、声を荒げた。
ドガンッ!!
クロワ達が何事かと思う間もなく、目の前で爆発が起こる。
クロー少年の放った魔術が、アーク・ボアに直撃した。
しかし──
ブルロオォォォォォオッ!!
──アーク・ボアには効いていない。
いや、正確には痛みは感じているだろう。
だがそれは、身体機能に影響を及ぼすほどのものでは無かったようだ。
怒ったアーク・ボアは、魔術を使ったクロー少年目掛けて走り出した。
クロー少年は、そんなアーク・ボアに背を向けて、全力で走り出した。
「総員、退避ぃ!左右に避けろぉっ!!」
慌ててクロワは皆に指示を出す。
流石にこの状況で加勢などしない。
したとしても、なんの助けにもならないことは、実物のアーク・ボアを目にして、良〜くわかった。
アレはヒトがどうこう出来る存在じゃない。
「あたっ!」
「えっ?!」
クロワが振り返ると、エクレアが薙ぎ倒された木に足を取られて躓いていた。
クロー君はすでにその後ろを通過しており、彼を追うアーク・ボアも間近に迫っている。
そのスピードは、巨体のくせに馬よりも早く、それに轢かれたらエクレアはひとたまりもないだろう。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
咄嗟にクロワはエクレアの前に飛び出した。
何か勝算があった訳では無い、ただ体が自然に動いた。
クロワは迫り来るアーク・ボアの足に向けて剣を振り下ろした。
その甲斐あってか、アーク・ボアは一瞬、足を止めた。
だが、すぐに足を振り抜き、クロワを弾き飛ばしてしまった。
「クロワっ?!」
その隙に、ロゼッタがエクレアを引っ張り起こし、アーク・ボアの導線からは外れていた。
だが、クロワの体が軽々しく宙に浮き、木々の中に放り投げ出されるのを見て、エクレアは悲鳴のような声を上げる。
それが気に入らなかったのか、または、エクレアのそのフワフワの金髪が気になったのか、アーク・ボアは足を止めてエクレアを凝視した。
「ヒッ?!」
アーク・ボアに睨まれたエクレアは、息を飲むような悲鳴を上げる。
アーク・ボアの興味が自分達に向かい、ロゼッタは絶望的な気分を感じていた。
せめてエクレアだけは、…そう、思ったとき、ロゼッタは別の物音を耳にした。
タタタタタッ!
ロゼッタが反射的に目を閉じ、再び目を開けると、アーク・ボアは明らかに顔をしかめたような表情で、クロー少年を睨んでいた。
「お前の相手は僕だろ!他の皆によそ見をするな!」
タタタタタッ!
再び同じ音が響く。
よく見るとクロー少年の手に魔術の光が宿っており、そこからアーク・ボアへの攻撃が発せられたようである。
グルルル、ブルロオォォォォォッ!!
どうやらアーク・ボアも、クロー少年の方が自分にとっての脅威たりえる、と判断したようだ。
「チーム・エクレア」を無視して、アーク・ボアとクロー少年の鬼ごっこが再開された。
「ヴェロニカ、マフィン、2人は先にクロー君を追ってくれ!アタシはクロワを治癒してから追い着く!」
「分かった!」
ロゼッタは、戦線離脱したクロワの代わりに指示を飛ばす。
ちなみに、指示を出すまでも無く、エクレアはクロワを探すために森に入り込んてしまっている。
ロゼッタもエクレアを追って森に入ってゆくが、横目でアーク・ボアの背中を捉えていた。
「…あんな化け物相手に、あの子は何しようってんだ?」
クロワを探しながらも、ロゼッタはクロー少年の行く末が気になって仕方が無かった。




