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25_魔獣の森へ

「…あの子、さっきからなんで川を渡らずに川辺を歩いてるんだろ?」

エクレアが小声で疑問を口にする。

ここはギルドから森を西に進んだ川沿い。

この川が「魔獣の森」とヒトの生息域を分かつ境界線だ。

この先で出会う魔物は、川より手前で出会う物とは比べ物にならないくらいほど、桁違いに凶暴で危険だ。

優秀な冒険者だって、用もなしに興味本位でこの先に足を踏み入れる事は絶対に無い。

クロー少年は宿屋を出てから真っ直ぐ西に向かって、この境界線の川まで辿り着いた。

しかし、そのまま川を渡るかと思いきや、川沿いを歩き出したのだった。

「はぁ?お前、ブールさんから習った事忘れてるのか?」

「…え?な、なんだっけ?」

クロワはこめかみを押さえる。

表情の判り難いマフィンも、心なしか呆れたような表情をしているように見える。

「あのな、あの子が探してるのは巨大な魔物だ。生き物にとって生きていくために絶対に必要な物は、なんだ?」

「え?…食べ物?」

「それも必要だが、もっと大切なものがあるだろ?」

「え〜と…水?」

「そうだ。「アーク・ボア」も大量の水を必要とするだろう。その水は何処で飲む?」

「…この川、かな?」

「たぶんな。…となると、ヤツはその巨体で川までやって来るわけだが、…対岸を見てみろ。」

エクレアが目を向けると、川辺のすぐ先には木々がうっそうとしている。

「…あんなに木が生えてる中、毎回、その巨体で木々を掻き分けながら川まで来るのは面倒だと思わないか?」

「あ、確かに。」

依頼書では「アーク・ボア」は二階建ての建物くらいの大きさに描かれていた。

そんな巨体が毎回、水を飲むために木々を倒しながら川に向かう、というのは効率が悪すぎる。

「緊急時ならともかく、普段は既に木々を薙ぎ払った通り易い道から川に向かうはずだ。周囲に自分にとって脅威となるような生き物も居ないだろうから、待ち伏せの心配もしないだろうしな。」

「なるほど!じゃあ、あの子はその道を探してるのね?」

「そういうこと。…ん、見つけたようだな。」

エクレアが目を向けると、クロー少年の居る位置の対岸が拓けているのが分かる。

クロー少年は、さっそく川に点在する岩を跳んで、対岸まで渡ってしまった。

「?!やばい、追い付けなくなるぞ!」

クロワは焦った。

クロー少年の身のこなしが軽すぎる。

まさかこれほど簡単に川を渡ってしまうとは予想外だった。

これでは、パーティがついて行けない。

「おーい。」

そう思ったクロワ達に、対岸から呼びかける者がいた。

ヴェロニカだ。

いつの間に渡ったのか分からないが、1人で先に渡ってしまったらしい。

「君達はちょっと手前に渡り易い箇所があったから、そこから来ると良い。クロー君はワタシが追っておく。」

「分かった、頼む!みな、急いで渡って来るぞ!」

一時的にクロー少年から目を離す事になるが、かと言って強行して川を渡り、ズブ濡れのまま行動するのはもっとまずい。

ズブ濡れのままでは体力が急激に削られ、満足に行動する事も困難になるからだ。

4人は慌てて川辺を戻って行った。


************


「ん。早かったな。」

「ハァ、なんとか、ハァ、見失う前にと、ハァ。」

「大丈夫だ。クロー君の移動速度は早くないし、周囲に他の大きな魔物の気配は無い。」

慌てて駆けてきた4人にヴェロニカが声を掛ける。

「ねぇ、なんで、あの子はわざわざ、森の中を、歩いてるの?」

エクレアも息切れしながら、疑問を口にした。

今度はクロワに気を遣って、ヴェロニカが応える。

「ん〜、流石に正面きって戦うつもりは無いんじゃないか。不意に遭遇しても、すぐ隠れられるようにしているのでは?」

「ハァ、じゃあ、いきなり突っ込んで行く心配は、今のところ無いのね?」

「たぶん、な。」

良かった、とりあえずまだ見守りが続きそうだ。

「…なあ、あんた魔術師か?」

不意にロゼッタがヴェロニカに問い掛けてきた。

「…ん、そうだ。昨日、あの場では他の冒険者から勧誘が有りそうで言えなかった。」

「どおりであの川もスッと渡れたわけだ。Cクラスってのも納得した。」

「…気を悪くしたならすまない。」

「いや、こちらこそすまない。教会では魔術師は神に背く者と教えられるんで、構えてしまって。あんたに悪意無い事は分かるんだ。」

「司祭殿や教会の考えは知ってる。ワタシも気に障る事が無いよう気を付けるので、言ってくれ。」

どうやらギスギスした状況になる事は避けられたようだ、クロワもマフィンもホッとしていた。

「ねぇね、あの子座っちゃったよ?」

エクレアだけは、我関せずでクロー少年の動向を伺っている。

ちょっとした崖になっている下の、かなり拓けた場所に、クロー少年は座り込んでいた。

「ん?…まあ、ずっと歩き詰めだったし、休憩くらいするだろう。」

ロゼッタがそれに応える。

「じゃあ、俺らも休憩しよう。さすがにちょっと疲れた。」

「賛成ーい!」


************


「あ、動き出したよ、あの子。」

「ちょっと長かったな。…てか、あんな拓けた、目立つ場所で休むって、どうなんだろうな?」

クロワが今更な疑問を口にする。

「ここは「アーク・ボア」の縄張りみたいな場所だろ。他の魔物も怖がって来ないし、対象の魔物が来るならそれはそれで良い、って事なんじゃね?」

ロゼッタが私見を述べる。

「…いや、あれはまさか。」

だが、ヴェロニカは気になる点があるのか、クロー少年から見えなくなったタイミングで、先程までクローが居た場所を確認しに行く。

「…まさか?!」

「えっ、なに?」

「来るな!ここは落とし穴になってる!」

「はあっ?!いつの間に?」

「今、休憩しているように見えたのは、この落とし穴を作っていたのだろう。…魔術で。」


「「魔術?!」」


ヴェロニカの言葉に4人が驚く。

「え、じゃああの子は、魔術師なの?」

エクレアがヴェロニカに確認する。

「多分な。ワタシも昨日、ギルドでの遣り取りを見て、怪しいと思っていたんだ。このクエストへ参加したいと言ったのも、それが理由の一つだ。」

「あんな少年で魔術師になることなんて、可能なのかい?」

「…幼い頃から、親が教え込めば可能だろう。が、そこまで英才教育をされた子が、なんで一人旅をしているかは謎だな。」

ロゼッタの疑問に応えるヴェロニカも、さすがに自信無さげだ。

「…とりあえず、やる事は変わらないな。ただ、多少はあの子が無理しても、心配する必要は無さそう、って事かな。」

「そう、だな。」

少年の自信の根拠は分かったが、やる事は変らない。

クロワ達は再びクローの追跡を続けるのだった。

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