21_ブレッド子爵領
「だ・か・ら!お前みたいなガキに、このクエストは無理だっての!」
「なんでだよ!…別に正面から戦おうなんて考えてないし、罠に嵌めちまえば簡単だろ?!」
「…分かってねぇなぁ。罠なんて見破られるし、何ならちゃちな罠なんて、掛かっても平気でぶち壊しちまう魔物なんだよ!推奨クラスAは伊達じゃねぇんだ。」
ここはコラペ王国の西側、「魔獣の森」に隣接するブレッド子爵領。
その中で最も「魔獣の森」に近い冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドなんてものは、たいてい誰かはお喋りをしているものだが、今日は特にうるさかった。
ベテランらしき冒険者と赤髪の少年が、とあるクエストの事で揉めている。
その様子を、周りに居る皆も静観していた。
「別に俺やメロンも、意地悪で言ってるわけじゃねぇんだよ。これまでコイツにはCクラス冒険者とBクラス冒険者も挑んだが、どちらのパーティもボロボロになっちまったんだ。…死人も出たしな。」
メロンとは、このギルドで受付をしている職員だ。
姉御肌な性格で、このギルドにたむろする冒険者は頭が上がらない存在となっている。
今も、言い争う二人の成り行きを見守っていた。
「けど…。」
「だいたいお前、駆け出しのようだが、これまで何かまともに狩ったことあるのかよ?」
「あ、あるさ!村に現れたゴブリンを一対一で倒した事だってあるよ!」
「あはははははっ!」
二人の会話を聞いていた誰かが、少年の言葉に笑いだした。
少年がその声の方を見ると、自分と同い年くらいの少年である事が分かった。
「っ?!何笑ってんだ、お前っ!!」
「あ、ごめんごめん。…でもさ、流石に最弱のゴブリンを倒した事を自慢するのはヤバいよ。」
「何言ってるんだ?!ゴブリンは危険な魔物だって、じいちゃんも言ってたぞ!」
黒髪の少年の煽りに、赤髪の少年が言い返す。
「あ〜、…確かにそうなんだけど。」
チラッ。
黒髪の少年は、ベテラン冒険者の顔色を伺いながら続ける。
「…先輩方が居る中で、僕なんかが偉そうに説明なんかして良いですかね?」
「ん?ああ、良いぞ。その方がコイツも話を聞くだろうしな。それに、キミの説明とやらも聞きたい。…見かけない顔だし、キミもここに来たばっかだろ?」
「はい。では、僭越ながら、僕から説明します。結論から言うと、君のおじいちゃんが言ってる事は正しい。けど、君が倒したという「村に現れたゴブリン」ってのは、最弱の魔物だ。」
「はあぁ?!」
「うん。まず落ち着いて。えっとね──」
一般的に、成体のゴブリンと成人した人族では、人族の方が体が大きい。
だから人族の方が強い、ゴブリンは弱いと考えるヒトは結構多いんだけど、これは間違い。
そもそも、体格差なんて始めから理解していれば、ちゃんと対策をするものさ。
ゴブリンも生き残るためなら、必死になって考えるしね。
さらに、基本的にゴブリンは集団生活をしているものなんだよ。
主に洞窟や古城とか、簡易な家を建てて住んでることもある。
そして、そんな彼らの巣に攻め入るのは、難しい。
彼らも、持てる知恵の全てを尽くしてトラップを仕掛けているからだ。
──と言う訳で、ゴブリンという魔物はとても危険だ、君のおじいさんの言った事は正しい。
では、なんで君の倒したゴブリンは最弱なのか?
さっきも言った通り、ゴブリンは集団生活をする魔物だ。
そんなゴブリンが人里に現れる理由として考えられるのは、「その村を攻めるために斥候として様子見に来る場合」か、「集団生活に馴染めず爪弾きにされた個体が、空腹を満たすために畑等から食べ物を盗もうとした場合」だ。
ただ、君は「村に現れたゴブリン」と言った。
前者の「斥候ゴブリン」なら、直接手は出して来ないから、「村で見かけるようになったゴブリン」みたいな表現になるはずだ。
なら、君の倒したゴブリンはきっと後者の、集団生活に馴染めず爪弾きにされ、食べ物も一匹ではまともに狩れず、やせ細って空腹で仕方なしに危険を承知で畑や倉から食べ物を盗もうとして、…鈍臭くも君に見つかってしまった個体だった、ということになる。
「──そんなの、弱いに決まってるんだよ。そんなことにも気付かず、もっと強い魔物も行けると思い上がるなんて、そりゃ爆笑するでしょ。先輩方は君の無知さが痛々し過ぎて笑えなかったみたいだけど。」
「…ううっ。」
周りで話を聞いていた者達は、ベテラン風の冒険者ほど、うんうんと頷いている。
一方、若手の一部には、耳が痛かったのか俯いてしまう者も居た。
「君はアレかな?自分にとって都合の良い所以外は、聞こえなくなるクチかな?君のおじいさんだって、ちゃんと説明してくれてたろうに、なんで君はそんな風に思っちゃったのか…。君自身が「爪弾きにされたゴブリン」になる前に、考え方を改めた方が良いよ?いや、マジで。」
「うあああっ、うるさいうるさいっ!」
黒髪の少年が追い打ちを掛けると、赤髪の少年は羞恥心に耐えられず、叫び声を上げてギルドを飛び出してしまった。
「…やりすぎましたかね?でも、あれくらい言わないと、分かってくれそうに無かったですし。」
「いやぁ、仕方ねぇだろ。よく言ってくれたよ。無謀な事をしようとする命知らずを諌めるのは、毎回、苦労するんだ。」
二人は、赤髪の少年が出て行った出入り口を見ながら言葉を交わす。
「俺はブール、Cクラス冒険者だ。今の説明、分かり易くて良かったぞ。若手が舐めて掛かりがちなゴブリンを、ちゃんと危険な魔物と分かってるのも良かった。」
ベテラン冒険者ブールが黒髪の少年を褒める。
ブールの体格は大きく、緊張の解けたその顔は、頼りがいのある戦士という印象であった。
「ありがとうございます。僕はクロー、Dクラスです。一人旅をしていて、この町には今日来ました。」
その知識のほとんどが、前世で見たアニメやラノベから得た知識なんですけどね、とクローは内心、苦笑する。
ジンジャー伯爵領を立ってから半月ほど、コラペ王国を時計回りに北上するクローは、ここブレッド子爵領に辿り着いていた。
「へぇ、そうか。まぁ何も無い町だがゆっくりして行くと良い。ここは「魔獣の森」が近いから、森に入ると魔物に出くわす事が多いんで、それだけは注意してくれ。」
「ご忠告ありがとうございます。…さっき、揉めていた魔物とかですか?」
「ん?…ああ。ま、こんな物騒な魔物が現れるのは何十年に一度の事だから、他の魔物達も慌ててるのさ。だが、ここから西の川から先に行かなければ、そこまで凶暴な魔物は多く無いはずだ。」
「そんなにレアな魔物なんですか?」
「ああ、たま〜にあるんだよ。進化直前の魔物が、脅威度の低いヒトのテリトリー近くまで来て進化して、そのまま暫く居座る事が。」
この世界では、魔物がより強力な姿に進化する事が有り得る。
魔物はみな魔力核を持っており、その核に充分過ぎるほどの魔力を貯めた時、より強大な魔力を扱えるように、自身の身体を作り変えてしまうのだ。
最も有名なものとして、ゴブリンがホブゴブリンに進化する例が挙げられる。
「…ヒトのテリトリーの近くが「脅威度が低い」と思える程の魔物なんですか?」
「「魔獣の森」の強力な魔物に比べれば、って事さ。あの森の中は魑魅魍魎が跋扈する世界だからなぁ。」
「ちなみに、なんて魔物なんですか?」
「アーク・ボア、と呼ばれてる。大きさは、こんな感じさ。」
そう言うと、ブールはクエストの依頼書を指差した。
依頼書には簡易な縮尺が描いてあるが、ヒトと比較して魔物の大きさが二階建ての家屋くらいある。
「…へぇ。成功報酬は金貨20枚ですか。」
「ああ。だが、払う危険の対価にしては安すぎる額だと思うぞ?」
「コイツ、魔術とか使うんですか?」
「んん?…いやぁ、そこまて俺も詳しく無いが、一般的にこれほどのヤツだと、大概、魔術も使うんじゃねぇかな?…てかお前、さっきからなんでそんなに興味津々なんだよ。」
「いえ、ちょっとこのクエスト受けてみようかな、って。」
「「「お前もかーーっ!!」」」
その時、その日ギルドに居た誰もが声を張り上げツッコミを入れた。




