11_祝勝会
「では、我らの勝利を祝って、乾杯!」
「「カンパーイッ!」」
騎士団長の掛け声で、集まった団員皆がカップを掲げる。
「かんぱーい。」
皆さんがお酒を飲む中、僕はオレンジジュースの入ったカップを掲げる。
ここは話に聞いていた騎士団寮だ。
祝勝会をやると言う事で、強引に連れ込まれてしまった。
もちろん、すぐ隣にはユノさんと言う、騎士団の良心が鎮座している。
さすがにこれなら怪しい展開に発展したりはしないだろう。
……しないよね?
ユノさんが微妙に視線を合わせてくれないのが、ちょっと気になるんですが?
騎士団単独による「魔王教」施設への強襲があったのは、昨日の早朝で、今は夕方だ。
結局、騎士団は独断専行と判断され、謹慎という体の休暇を取る事になったらしい。
ある程度、功績としても認められるけれど、軍に所属する以上は上の判断に従う事が何より重要視される。
ま、今回はユノさん以外には事前に知らされてなかったのだから、命令違反とは言えないわけだが。
そのユノさんは、ノエルさんに情報を漏らしたという事で降格、副団長の役職を解かれたらしい。
「調度良かったですよ。これで、騎士団長の補佐に専念出来ますから。」
と、本人は言っている。
兎も角、せっかくの休みなのだから、皆で飲む流れになったらしい。
現在、この寮には、昨日の戦いで負傷して、生活に多少なり障害が生じているような団員も寝泊まりしているらしい。
そこまででは無いが、飲み会と聞いてやって来た団員までやって来ているので、全団員の半数以上がこの場に集まっている。
その中に僕だけが浮いている。
…勢いでついてきちゃったけど、僕いらなくないです?
「そんなことないよ!むしろ、居てもらわなくちゃ困るって!」
「そ~そ~。一人でも、子供でも、とにかく男が居ないと、あーしら酷い事になりそーだしー。」
エイプリルさんとメイさんのフォローが入る。
もう、ちょっと顔が赤くなってるのは、お酒のせいだろう。
異性の立ち入らない女子校・男子校などが酷い有り様になるのは分かる。
気楽だものね。
でも皆さん、彼氏くらいすぐに出来そうに見えるんだけどなぁ。
「う〜ん、でもなぁ、出会いが無いのよ。そもそも、警らで町を巡回してる時に男に会っても、怪しいか・怪しくないか、困ってそうじゃないか、しか見てないし。」
「そーそー。んで、任務明けは速攻で食べて寝ちゃうから、男漁りする暇が無いし。」
…うん、だんだん話があけすけになってきたな。
こんな時の女性に助言やアドバイスなんてものは要らない、知ってる。
「ワー、ソウナンデスネー、スゴーイ。」
を、言い方を変えつつ連呼してれば良い。
暫くは聞き役に徹しよう。
今日、わざわざ連行された目的を果たすには、皆さんもうちょっと酔いつぶれてもらった方が、やり易い。
「…でもさ〜、やっぱ自分の家に男が居るのって、…なんか、良いよね?」
「あ〜、分かる。なんか、…ぐっ!っとくるものがあるよね〜。」
エイプリルさんとメイさんが、ちょっと怪しい目付きで僕を見ながら言って来る。
…正直、言ってることは分かる。
自分のプライベートな空間に、異性が居るという何気ないことが、非リア充にはぐっと来るシチュエーションなのだ。
分かるんだけど…、この場合、狙われるのは確実に僕だよね?
それはちょっと…。
いや、エイプリルさんメさんはじめ、騎士団の皆さん魅力的だと思うんだけども。
この場で受け入れちゃうと、なし崩し的に成人向けハーレム展開になりますやん?!(こじらせ脳)
まだ、まともな恋愛経験も無い僕みたいな者にはハードルが高すぎるよ。
がばっ!
「らめれふっ!くろぉくんは、わらひがっ、…めを、…ぐぅ。」
ユノさんが突然抱きついて来たかと思ったら、寝ちゃった。
あれ?まさか…。
「あらら、ユノさん飲んじゃったか〜。」
「めちゃ弱だから、普段は飲まないのに、珍らし。」
マジですか、ユノさん?!
どおりで目合わせてくれないわけだ。
あれ、これやばい?
「…く〜、す〜。」
ユノさんは、僕に抱きついたまま、気持ち良さそうに寝ている。
…いや、案外このままでも問題無さそうかも?
「あ〜、いいな〜ユノさん。ねえ、せめて手繋ごう、手。」
メイさんが甘えてくる。
…まあ、さすがにこのくらいは良いか。
僕なんかで良ければ、と向かいのメイさんに手を伸ばす。
「わーい、…痛たっ!」
えっ?
まだ触れても無いのにメイさんが痛がる。
「あっ、気にしないで。…昨日ので、怪我しちゃってさ、あははっ。」
ああ…。
確かに、気にしてなかったけど、右腕に包帯を巻いている。
……うん、もう良いかな?
ユノさん、すみません、横にしますね。
僕はユノさんを床に横たえ、メイさんの隣へ行く。
「へっ?な、なに、なに?」
僕の行動の意図が分からず、困惑するメイさん。
僕はメイさんの右の手のひらを右手で取り、左手でメイさんの傷のある辺りを擦る。
「…いたいの、いたいね、とんでけ〜。」
しーーん。
気付くと、騎士団の皆が黙ってこちらを見ている。
「…あの、さすがに子供っぽすぎましたかね?」
なんか、そこまで注目されると恥ずかしい。
「…ううん、ありがとう!なんか、痛みも無くなって、腕が軽くなった気がする!」
メイさんが感想を述べる。
それはそうだろう、実はこっそり『治癒』を掛けているのだから。
今日、僕が素直に連行された目的はこれだ。
ミッション「こっそり皆さんを『治癒』しよう!」。
僕がしなくとも、教会へ行き司祭に頼めば『治癒』はして貰える。
けれど、その場合は「御布施」が必要となる。
教会側はあくまで「御気持ち」と表現するが、こういった額にも相場というものが存在する。
…団員全員でお願いすれば、少なくとも金貨が必要な額にはなるだろう。
それを、僕が善意でやれば、なんとタダに!
危険を顧みず、考えられる最小限の犠牲でこの件を終息させた立役者なのだ、これくらいの見返りは有っても良いだろう。
あと、敢えて表皮は治していない、そこまでやってしまうと流石に魔術師だとバレてしまうから。
「いいな〜、メイ。クロー君、わたしもわたしも!」
「ちょっと!メイとエイプリルばっかりズルいよ!わたしもっ!」
「あっ、それならわたしも〜!」
うんうん、皆さん食いついてきた。
これで、違和感なく皆さんに『治癒』が出来るだろう。
難があるとすれば、僕が気恥ずかしい事ぐらいか。
でも、団員の皆さんの苦労を思えば、これくらいはやってみせるさ。
しかし、この場にフリージアさんが居なくて良かった。
彼女には、僕が何をしてるか簡単にバレてしまったことだろう。
…でも、彼女は大丈夫だっただろうか?
脅されていたとは言え、「魔王教」の手伝いをしてしまったのだ、処罰などされていないだろうか?
「えへへ、次は私ね!」
次はノエルさんか。
調度良いから聞いてみよう。
「ん、フリージア?大丈夫、事情を考慮されてお咎め無しになったよ。「魔王教」の信者や同じ様に人質を取られてたヒトの証言もあったしね。」
良かった、酷い扱いはされてないんですね。
「そこは私が目を光らせてるから大丈夫!…ただ、お父上が衰弱してるから、軍の保養施設に居るんじゃけど、フリージアもそれに付き添っとるんよ。」
へぇ、お父様の方は大丈夫なんですか?
「うん、衰弱しとるだけらしいし、ゆっくり養生すれば良くなるって。」
それは良かった。
……。
ところで、なんで立って後ろを向くんです?
「だって、痛めたのがおしりじゃから…。」
……。
ペシッ!
「あ、痛たっ?!」
「そんなサービスはやっていません!はい、次!」
「えへへ、叩かれちゃったぁ…。」
いや、なんでそれで嬉しそうにするの?!
「…なるほど、そういう手もあるか。」
「さすが騎士団長、興味深い…。」
まわりも感心しないで!
…いや、分かるけどね?
僕も前世では推しのライブ配信を見て、「たすかる」、「もっと罵って!」、「ブヒイィィィィィ!」などと書き込んでたりしたし…。
ってか、何してんだ、前世の自分?!
コホンッ。
とにかく、そういった癖のヒトが居ること自体には何も言わない。
だか、リアルの少年少女に己が癖を向けるのは違うでしょ。
あれは仮想現実で、かつ、相手が寛大な心で許してくれてるから問題にならないだけだ。
…まぁ結局、騎士団長さん以外の皆さんは、大人しく『治癒』をさせてくれたので良しとするか。
「…では、僕はそろそろ帰りますね。」
「え〜っ?!泊まって行きなよ〜?」
…騎士団長さん、ホント見直してたのになぁ。
「いえ、帰りますんで!」
僕はビシッと言い切り、絡んで来ようとするノエルさんを制した。
実は今日、Dクラスのクラスプレートは受け取ってるんだよね。
なので、この町に留まる理由は無くなってしまった。
本心で言うと、全然離れ難い気持ちはある。
でも、ここはなにせカダー王国に近い。
ふとした拍子に僕の手配書が流れて来るかも知れない。
それに、わざわざ犯罪者の汚名を被ってまで手にした自由だ、せっかくなら北の行けるとこまで行ってみたい!
また偶然会っても気まずいし、明日の朝には町を出よう。
…生きていれば、旅を続けていれば、またこの町に来る事もあるだろうし。
「では、また。」
それだけ言うと、僕はまだ呑み続けている皆さんの居る寮を後にした。




