恋が叶う花が咲く時
「あぁ今年もやっぱり咲かなかったなぁ」
学園の裏の森の中、僕は大木に絡まるようにして上へ上へと伸びている太い蔓状の植物に手を伸ばしその柔らかくもつやのある緑の葉に触れた。
『とある学園に3年に一度だけ、手に入れると絶対に恋が叶う花が出現する』なんて噂はこの王都に住むものなら誰でも聞いたことのある話だ。
だがこの植物がかの有名な『絶対に恋が叶う花』を咲かせると知る者は少ない。
何と言っても『3年に一度』の周期が崩れてはや半世紀。噂だけは王都七不思議として残っているのだが前回咲いた恋の叶う花を手にしたものも棺桶に片足を突っ込んだ状態だ。年寄りの戯言として彼の言葉は聞き流されている。
でも僕はこの植物が『絶対に恋が叶う花』を咲かせると知っているんだ。
なぜなら植物に特化した魔力を持つ血筋の僕にはちゃんと木のそばに立つ彼の姿が見えているから。
恋が叶う花なんて魔力の塊の花を咲かせるだけあって彼は人間で言うところの少年から青年にかけての美しい姿をしている。いずれは大精霊と呼ばれるにふさわしい神々しさだ。花々の間を飛び回る小妖精やいたずら好きのピクシーたちとはその大きさもまとっている精霊力もまるで違う。
大好きだった人間の子の恋を叶えたばっかりに自身は失恋したショックからまだ立ちなおれないでいる可哀想な彼。
今はぼんやりと悲しみに憂いて焦点を結ばないその翠玉が本来ならば夏の強い日差しを思わせるほどの眼差しを放つと聞いている。
「ひと目見て惹かれたんだ」
そっと水面を思わせる翠の長い髪を一束掬って口づける。ひんやりとしてみずみずしい柔らかな香りが僕の鼻腔にとどく。
「そろそろ僕に気づいてくれてもいいと思わないかな?」
僕は精一杯の笑顔を見せるけど相変わらず悲しげに遠くを見つめる彼はしらんぷり。精霊たちは人間と時間の過ごし方が違うという。彼にとっては愛しい人の恋を叶えたばっかりに自分の恋を失ったあの日からそう時間は経っていないのかもしれない。
「君の叶えた恋があったから僕は君に逢えたんだよ。ありがとうって言ったら君は悲しいのかな?」
初めてあったときには見上げることしかできなかった彼の顔も今はもう僕が見下ろす位置。
「また明日ね」
そう言って僕は彼の頬に口づけた。木漏れ日に当たっているというのにひんやりとした体温が彼は僕ら人間とは違うと告げる。
(曽祖父ちゃんと違って僕は君の世界に行ってもいいと思ってるのに)
なんだかもやりとして今度は額に口づけるも彼は身じろぎもせずされるがまま。周りを飛ぶ小妖精たちだけがその透けた羽根で光の粒を振りまきながらきゃらきゃらと楽しげに笑った。
「はいはいお前たちもまた明日!なんだよそんなはしゃぐなよ!」
顔の周りにまとわりつくように飛ぶ小妖精たちを手で払いながら森を出る道をゆく。
人形を取れない光のかたまり達まで僕にじゃれつくように飛び回る。
光の粉が木漏れ日の中舞い踊り僕の視界が虹色に染まる。
森中が華やいだ空気に光る中僕は帰路につく。
今はもうほぼ眠ってばかりの曽祖父ちゃんは妖精の彼の話を聞くときだけはしっかりと僕を見る。
だから僕は毎日ほんの少しの想像と本当のことを混ぜてできるだけ楽しい話をするようにしている。
(今日はどんなことを話そうかな)
いつか曽祖父ちゃんが見ていたであろうこの色とりどりの光に満ちた森の景色をどうすれば伝えられるのか。そう思い歩いていた僕は、その時彼の視線がしずかにこちらに向けられていたことに気づかなかった。
***
自分の恋を叶えたあとやっと精霊の思いに気づいた僕の曾祖父ちゃんは子どもたちに『王立魔法学園』に入ったらこの蔓状植物の世話をするように言い聞かせた。精霊眼と言われる魔法眼の力が曾祖父ちゃんと同じくらいあった僕くらいしかはっきりと彼の姿を見れなかったようだけど親戚皆学園にいる間はここで彼のお世話をしてきた。
『恋が叶う花を使って彼の恋を叶えてほしい』ずっと人間の子のために恋の叶う花を咲かせてくれてきた優しい彼の恋を叶えて上げてほしいそれが曾祖父ちゃんの願い。若いときの曽祖父ちゃんに瓜二つだと言われる僕が彼を幸せにするのはそう遠くない未来のこと。
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