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退屈しのぎの悪魔契約2  作者: 紺ノ
旅する悪魔
4/13

 当初の目的地だったスーパーから遠く離れた駅の反対側。個人経営の小さな喫茶店に響司とエルドランドはいた。


 若者をターゲットにした喫茶店にはない独特の落ち着いた空間の中に初めて入った響司は息苦しいに近い居心地の悪さを感じていた。


「アイスコーヒー二つになります」


 A4サイズのメニューを二冊広げたら埋まってしまう木製のテーブルに店員がコースターを置き、アイスコーヒーをエルドランドと響司の前に置いていく。


 向かいに座っているエルドランドは帽子を外しており、オールバックを露わにしていた。悪魔でありながらすぐに喫茶店の空気に馴染んでいる。それは英国紳士風の見た目だからではなく、エルドランドの本質によるものだろう。


 店員が離れた後、響司は付近の席に人が少ないことを確認してから口を開いた。


「なんで喫茶店に僕を連れてきたの?」

「先に買い物をしたらボウヤとゆっくり話せないだろう。この天気だよ」


 クーラーの効いた喫茶店とは違い、外は相変わらずの炎天下。生ものを買ったら痛む前に帰宅しないといけない。スーパーでドライアイスをもらっても二時間が限界だろう。


 喫茶店を探すのもコーヒーの注文も慣れている様子だった。響司の買うであろう品物を予想して行動するあたり妙に人間生活に通じてる。結界内で悪魔との会話を目の前で見ていなければ、普通の老人としか認識できない。


「グラムは、還ったのかい? それとも跡形もなく消えてしまったのかい?」


 エルドランドは静かに問いかけてきた。


 響司にとってグラムの消滅は思い出したくないことである。あの優しい悪魔の記憶が消える瞬間を見てしまった。そして、自分もヨルのことを一度忘れかかっている。グラムと出会ったことは良いことなのに結末だけは未だに納得できていない。


「消えました。グラムの記憶がなくなった人にも会いました」

「そうか。また私が残ってしまったか……」


 グラムが消えてしまった事実を受け止めているところなのか、伏し目になってエルドランドは口を閉じた。


 動かなくなったエルドランドを見ながら響司はストローの入った袋をちぎる。


「ボウヤはヨル坊の契約者、であっているかな?」


 ヨル坊という呼び方に響司はアイスコーヒーの入ったコップにストローを入れようとしたところで、すっぽ抜けた。


「多分、僕の知ってるヨルのことだと思いますけど、ヨル坊って柄ですかね。アレは」


 二度目にしてストローをちゃんとコップに入れる。


「意外とそういう感じだよ、アレは」


 落ち込んでいたはずのエルドランドはもう微笑んでいた。ただ、どこか壊れていた。笑顔に力がないのだ。表情の奥の奥で泣いているのかもしれない。


 変に刺激するのも嫌だった響司はエルドランドの話にのっかることにした。


「エルドランドさんは最初から僕がヨルの契約者だとわかってたんですね」

「一目で契約者を見抜く方法があったら知りたいぐらいだよ。呪い絡みで手を焼いていてるように見えただけさ」

「そうなんですか?」

「上手く隠蔽されているけどボウヤから呪いの気配がうっすらとしたからね。近づいてみたらヨル坊が現れたから、もしやとは思っていたけど」


 神社での会釈の相手はヨルだったようだ。ヨルがエルドランドを見逃したということは警戒そのものがいらない悪魔だったということになる。その場にいたのなら教えてくれてもいいところを何も言わず立ち去ったヨルへ響司は文句が言いたくなった。


「その呪いは一体どういった呪いだい? グラムの剣の握りと同じ形になるなんて」


 エルドランドは響司の右腕を指差した。


「ヨル曰く呪いの核にグラムの柄を使ったとか。詳しいことまでは知りませんけど」

「悪魔の象徴を呪いの核に、ねぇ……。トンデモな呪いを創ったものだ。どういう思考で生み出したんだか」

「やっぱりヤバい呪いなんですね。前にグラムの力使ったらヨルに怒られたんですよ」

「人間の身で悪魔の力を? 死にたいのかい」

「危険だって知らなかったんですよ」


『烙炎』との戦いの中で初めて呪いの存在を知って力を使ったのだ。使った後、身体が動かなくなるかも、と考える余裕がそもそもなかった。


「悪魔の力を人間が使うと器が傷つくんだ。下手をすれば一瞬で器が壊れて死んでしまうよ」

「器って身体ってことですか?」

「物理的な肉体ではなく魂の収まるべき場所という意味で器と表現しているだけだよ。悪魔には関係のないことだから力を使っても問題ないけどね」

「人間には器があるけど悪魔にはないみたいな言い方ですね」

「ないよ。ないから悪魔は世界に留まることが難しいんだ。器がないから魂が世界から離れようとする。離れないようにするために力がいる。だから契約したり襲ったりするのんだよ」


 悪魔が世界に留まるには人間の魂を喰らうか契約者に力を分けてもらう必要がある。それは響司も知識として持っている。では、目の前にいる悪魔の契約者はどこだろうか。


「エルドランドさんの契約者は?」

「私に契約者はいない。ただの野良悪魔だよ」


 野良悪魔と聞いて、響司は耳をすました。


 何も聴こえないのだ。エルドランドからノイズが一つも。人間を喰わない場合、悪魔が生き残るには同族である悪魔を喰わないといけない。さっきの戦いがそれにあたるとしても、エルドランドの行動はおかしい。受肉と呼ばれる現実への干渉行為をしているのは力を消耗を加速させるだけとしか思えなかった。


「野良悪魔なら、なんでエルドランドさんは受肉してるんですか」

「人間の動向を知るためだよ。悪魔は基本、人間なしでは生きていけないからね」


 さらっと答えたエルドランドは当たり前のようにコーヒーをストローで飲む。


「あとはただの趣味かな。受肉すれば食物を味わうことができる。実に良い」

「初めてヨルに会ったとき、コーヒーを飲むかと聞いたら断られたんですけどねぇ」

「ヨル坊は元々脳筋の戦闘狂だ。常に張り詰めた空気を発していた。遊びを覚えたのはライゼンと会ってからの話だよ。それでも人間の食べ物を食べているところは見たことがないがね」


 ライゼン――すでに亡くなったヨルの元契約者であり悪魔祓い師(エクソシスト)である。響司が悪魔に対して使う陣もライゼンが開発したものだ。響司は名前しか知らないが、ヨルに多大な影響を与えた人物なのは間違いない。


「ヨル坊と契約してどれぐらい経ったのかな?」

「もうすぐ三ケ月ぐらいです」


 響司は答えたあと身体が動かなくなった。神社で感じたかなしばりだ。しかし、ずっと続くことはなく、一秒にも満たない静電気のようなものだった。


「ボウヤはヨル坊に何を願ったのか教えてくれないかい?」

「退屈を殺すこと。僕は『欲無し』って存在らしくて退屈だと死んじゃうんですよ。だから悪魔なら退屈を殺せると思って願っちゃいました」

「で、まだ願いは叶ってないんだね」


 響司が未だ『欲無し』だと、エルドランドは自信のある声で言い放った。


「どうなんでしょう。叶ってないとも言えるし、ヨルがいれば叶っているとも言えると思います。僕はヨルに会うまできっと生きていなかった。死にきれずずっと彷徨っているだけだった。ヨルがいたから寂しさを思い出せました」


 思い出したくない感情だった。でも人間としては必要な感情でもあるのだと今ならわかる。まだ明確にどうしたいという欲はなくとも、欲が生まれるキッカケにはなってくれている。ヨルと共にいたいという気持ちは相変わらず湧いてくる。


「僕はヨルと一緒に人間に戻ろうとしている途中なんですよ、きっと」

「なるほどね」


 カラカラと喫茶店の扉に付いたベルが鳴る。


 スーツ姿のサラリーマンが二名入ってきた。


「昼どきか。よければここで食べていくかい? 言っていた案内の御礼代わりに奢るよ」

「失礼かもしれないですけどお金持ってるんですか? 悪魔の力で誤魔化すとかだったらいらないですよ」

「安心したまえ。人間のお金は一通り持っているんだ」


 エルドランドはスーツの内側から茶色の長財布を出した。そしてテーブルに広げられる御札と硬貨。並べられたお金たちは日本円だけでなくドルやペソといった辛うじて響司が見たことあるものから実物を知らないユーロ札まで出てきた。


 見知った御札の中にしれっと聖徳太子の描かれた百円札も混じっている。


「なんでこんなの持ってるんですか? 割と貴重では?」

「あぁ、随分昔にも来たからね。そのときのが残っているだけだよ。使おうとしたら拒否されたんだよね」


 雑に古いお金を出してくるエルドランドに感覚の違いを響司は再認識させられるのだった。エルドランドはスーツの中から紫の薄い布の包みを出した。


「こんなのもあるよ」


 丁寧にくるまれた布を解いていくエルドランド。現れたのは金色。そしての楕円で、波打つ表面。それも三枚。社会の教科書か時代劇で見るものが実物で目の前に突如、響司の視界に入った。

 

「小判っ!? 隠して! お願いだから!」

「はっはっは! これを見せると最近の人間は面白い反応をするから最高だよ」

「遊び道具が高価すぎますぅぅぅ!!」


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