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退屈しのぎの悪魔契約2  作者: 紺ノ
旅する悪魔
3/13

「訪ねた土地のことを調べてるんですよね、沢渡市ってあんまりコレと言ったものないですよ? 調べたいものがあればそちらに案内できると思いますけど」


 響司が知っている沢渡市は田舎とも都会とも言い難い土地だ。名物らしい名物はない。電車の本数は一時間あたり最低八本はある。沢渡市で発展しているのは駅や学校といった公的建築物の周辺のみ。ちょっと駅から離れれば建物の外観が古くなっていく。そんな土地に外国人がわざわざ狙って来るとは思えなかった。


「本命の調査が先ほど終わってしまってね。他にやることと言えば土地の状態と人間の観察ぐらいなんだ。人の多いところと少ない場所を数カ所。あとは、とある病院だね」

「病院ですか?」


 曖昧な指定の中に明確な指定が入り響司は思わずオウム返しをした。


 エルドランドは困ったと言わんばかりに太い眉を下げ、黙っていた。二歩、三歩と進んだところで口をへの字に曲げた。


「申し訳ないけど、病院の正確な場所も名前も知らないんだ。噂話で病院という単語が出てきただけだからね。病院は自力で探すことにするから他をお願いするよ」


 本当に申し訳なさそうに話すエルドランド。老人を、それも国外へと動かす噂や調査とはどんなものなのか、響司は気になり始めていた。


(もし僕がお爺さんくらいの歳で、お爺さんと同じことをするときは、きっと大事件があったときなんだろうな)


 響司は大事件というワードから自然と母親の死を紐づけてしまった。最近なら悪魔関連で事件はたくさんあったものの、響司の人生において一番の事件はそれ以外になかった。目の前の老人も誰かが死んで居ても経ってもいられずに行動をしているのだとしたら、と考えると覚えてはいけない親近感が響司にはあった。


「質問、いいですか?」


 響司の口を感情が動かしていた。


「構わないよ」

「さっき本命の調査って言ってましたけど何の調査ですか?」

「調査と言っても私的な事さ。気になる噂を耳にしてね。真実か確かめに来たんだよ」


 おそるおそる尋ねた響司に老人はあっさりと答えてくれた。


「いなくなったはずの友人の噂さ。突然、姿を消したんだが最近になって友人の名前をまた聞くようになった。噂の正体が本当に友人か確かめたくてね」


 嫌な予感が当たってしまった気がして響司は背中が寒くなる。老人の友人が死んでしまったのか、それとも生きているのか確かめないと寒気が消えそうになかった。


「調査結果って聞いても?」

「友人だったよ。調査らしい調査もまだやっていない。いや、やろうとしたところで答えが目の前に現れてしまった。実にあっけなかったし、彼らしいとも言える結末だ」


 豪快に笑う老人を見た響司は自分の母親が生きていたわけでもないのに心底安堵した。


「ボウヤは優しいね」


 老人の言葉に響司ははっとする。


「ワタシのことなのに心配したり安心したりしている」

「顔に出てました? 友達には慣れないと表情が読みづらいって言われるんですけど」

「表情というよりも空気かな。ながい間、人間というものを見続けているとわかってくるものさ。腹の中に一物持っているのかいないのか、興味のあるなしとかね」


 人間に対して一線を引いている言い方がまるでヨルだった。


 昨日の空飛ぶ英国紳士を響司は忘れそうになっていたのに思い出した。


 神社で老人は懐かしいモノを見たと言っていた。老人が探していた友人と懐かしいモノが結びつくのであれば辻褄が合う。しかし、老人が見ていたのは空である。人間であれば地上にいないとおかしいのだ。ヨルならば、空を飛べる。


(お爺さんが悪魔で、ヨルを捜していたのだとしたら?)


 響司の横で杖を持ちながらも両足でしっかり歩く老人を周囲の人間は避けて歩く。交差点を通り過ぎるとき、横断歩道の信号が変わるのを待っている子供が夏真っ盛りなのにスーツで出歩く老人を何度も見ていた。


 間違いなく誰もが老人を認識している。


(まさかね?)


 ――ジ、ジジジジジ。


 嫌なノイズが耳に入ってきた。ノイズだけで響司の気持ちをどん底に叩き落してくる。


(どこかに魂を食べた悪魔がいる。どこだ?)


 ほんの一瞬だけしたノイズの出どころが響司にはわからなかった。ヨルであればすぐにわかっただろう。


「やっぱりいるよね。そうだよね。人間がこれだけいるんだから」


 エルドランドは杖をとん、と歩道を叩いた。すると車の音が遠くなり、涼しい風が吹く。山登りをしているときに嗅いだ土と木の匂いが広がっていく。匂いと共に人間の姿が消えていった。同じ風景なのに人だけがいない世界に塗り替えられていく。


 どことなく紀里香のドッペルゲンガーが作った結界に近い空間。


「これって……」


 野球のボールほどの黒い影が対面の歩道に浮かび上がる。ノイズの発生源。悪魔である。


「黒紐くん」


 すぐに響司の右腕から指一本分ぐらいの太さの黒い紐が生える。戦闘態勢に入った響司にエルドランドが手を出さなくていい、と腕を伸ばし、制してきた。


 異常事態であるにもかかわらずエルドランドは堂々としていた。


「なぜ人間の子の魂を喰らおうとする」


 優しく語りかけてくれていたエルドランドの声が一変した。重く責めるような言葉を悪魔に投げかける。


「消え、たくナイカラ」


 悪魔の言葉は途切れ途切れだったがなんとか聴き取れそうだった。


「消滅したくないというのであれば契約者になりえる人間を探せ。無暗に人間を狩るな」

「時間、がナイ」


 黒い影の反対側が透けて見える。ヨルが力を使いすぎたときや弱っているときと同じだった。


「約束を守ってくれるなら私が力を分けよう。だから子供を()べるな」

「ヤクソク?」

「私が与えた力がある限り人間を傷つけない事。また契約者となる人間を探すこと。この二つだけだよ」


 契約者という言葉がエルドランドから飛び出した。響司は心中でやっぱり、と呟いてエルドランドの背中を見つめた。


「たくさん力、くれるナラ」

「いいだろう。交渉成立だ」


 エルドランドはスーツの内側から濃い緑色の布でできた袋を取り出した。袋はまん丸と太っており、白いリボンで占められている。


 リボンを解いた袋にエルドランドが指を入れると、小さな粒同士がぶつかるような音をさせた。袋から出てきたエルドランドの指には黒い粒が一つ摘ままれていた。


 黒い粒は視界に入る物の中で一番小さいのに妙に目を引かれた。存在感とも言うべきものを異常なほど発している。


「私の力を貯めた種だ。これを()べるといい」


 黒い影はエルドランドの指先にあった種へ飛びついた。エルドランドの指に摘ままれていた黒い種があっという間に無くなっている。


 さっきまで消えかけだった悪魔へ種の存在感が移ったのか、悪魔の色がどんどん黒く染まっていく。ノイズだけでなく視覚と圧迫感で「ここにいる」と伝えてくる悪魔に響司は鳥肌が立った。


「じゃ、もう一つ、いただキマス」


 黒い影が大きく広がって口だけの怪物になった。不揃いの牙に涎を垂らした口の先に響司はいた。


「いっ!?」


 ワンテンポ遅れて響司は指を動かし、結界の陣を描くように黒紐に指示をする。すぐに編まれる結界の陣。

 

 淡く光る膜に悪魔の牙が食い込み、結界ごと響司を喰らおうとしていた。


 顔を引きつらせる響司の横でエルドランドが呟く。


「――さっそく約束を破るんだね」


 パキッ、と薄い殻が割れるような音。悪魔の口から巨木の根らしきものが生える。


「な、ンダ!」


 響司に届くかと思われた牙は木の根を噛みちぎった。だが木の根は口の中から際限なく湧きで続ける。次第に黒い部分に(ツタ)が這い始める。植物が成長する様子を早送りで見たことがあるが、明らかに違う。


 悪魔にあった存在感は無くなっていき、暴力的な成長をする植物に悪魔が取り込まれていく。根は地面へ。悪魔の身体は幹となる。枝を伸ばした先に青い葉をつけた。


 止まらぬ成長。枝はさらに伸び、三車線ある道路の横幅を軽く超えていた。


「あ、アァァァァァ!!」


 断末魔と共に大木として成熟したと思えば、すぐに葉が枯れた。そして黒い雨がポツポツと降ってくる。しかし、雨粒で服が濡れない。


 雨粒だと思っていたモノが道路に転がる。黒い種だった。エルドランドが持っていた種と似た形をしている。


 悪魔を苗床に生命の流れを数秒で見せつけられた響司はあっけにとられる。 


「驚かせて申し訳ない。目の前で悪魔に()べられかけている子供がいたから、つい、ね」


 恥ずかしそうに帽子の淵を触ったエルドランドは神社で見た笑みを見せる。響司は自分の直感が正しかったのだと再度、確信した。


「エルドランドさん、やっぱり悪魔ですよね?」

「薄々思っていたんだけど気が付いてなかったんだね。そうだよ。私は悪魔だ。あぁ、でも人間を喰べたりしないから安心して欲しいね」


 両手を挙げてエルドランドは戦闘の意志なしを響司に表明してくる。


 響司がどうしようかと悩んでいると黒紐が勝手に動いた。エルドランドの前で紐の形から『雹剣(ひょうけん)』と呼ばれた悪魔――グラムの柄の形になる。


 戦え、という意味で姿を変えたのかと思って柄を握るが、『烙炎』との戦闘で活躍した透明な剣身は出てこなかった。


「あの……黒紐くん、どういう意味?」

「『雹剣(ひょうけん)』の……ボウヤはグラムの知り合いかい?」


 土と樹木の青い匂いのする結界の中、互いに呆けた顔を見合わせてしてしまうのだった。

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