タクトとリク2
タクトはリクを守るように背に庇い、急に移動させられた先である部屋の中で数名の大人たちと対峙していた。足元には魔法陣。大人たちは魔術師であろうことは分かった。その上タクトには大人たちが誰なのかが分かりたくは無かったが分かった。だから余計にリクだけでも守らなければならないと強く思わせていた。
「そんなに敵意を剥き出しにしなくともよい。穏便に済ませたいと思っている。」
数名の大人たちの中から1人前に出てきた人は、初老の男性だった。フードを脱ぎ顔がしっかり分かると、タクトはリクを抱き寄せる手に力が籠った。リクはタクトの背後でしっかりと服を掴み抱きしめられている腕から離れないようにしていた。
「久しいな、タクト。お陰で儂はこの通り元気な姿に戻れた。感謝しているのだぞ?だがの、やはりお前が居なくてはこれを維持できぬそうだ。また助けてくれぬか?その子どもの力も借りて儂を助けてくれ。まぁ、拒否はできぬがな。」
初老の男性がタクトを見つめ微笑んで言うと、タクトはグッと唇を噛み締め、初老の男性を見つめた。
「この子を今すぐあの家に帰してくれるならしばらく助けるために居てもいい。でもこの子を巻き込むのなら、手伝えない。」
「タクト、良く考えてから答えよ。拒否できぬと言ったであろう。」
タクトの返答に初老の男性ががっかりだとでも言うように告げると、タクトは怪訝そうな顔を見せたがすぐに目を見張った。魔法陣から飛び出した鎖に手足を拘束されると、初老の男性がタクトの首に見たくもない首輪を付けた。後ろに居たリクを引っ張りだすようにタクトの前まで移動させると、リクの首にさえ首輪を付けた。
「さぁタクト、儂の為にその身を捧げてくれ。お前が嫌だと答えればこうしてやろう。」
初老の男性がリクの首輪に触れると、リクがビクンと身体を強張らせた。リクは目を見張り驚いた表情を張り付かせると、すぐに糸が切れたように倒れ込んだ。一連の事を見ていたタクトは初老の男性を怒りの籠った目で見つめた。
「まだ幼いのぉ。さぁタクト、その身を捧げてくれるかのぉ。」
初老の男性がタクトに問いかけると、タクトは倒れ込んだまま動かないリクを見てうなだれ、うなずくしかなかった。
リクが目を覚まし、周りがちゃんと見えるようになると、床に寝かされていたことに気づいた。布が敷かれた床の上にリクが座ると、タクトがリクに気づいて側に来てくれたがリクは目を見張った。
「お兄ちゃんっ!!」
側に来たタクトは血塗れで、顔色も悪かった。どこか痛そうな表情を見せたが、タクトはリクの無事が分かってホッとした。
「僕の事はお前の責任じゃないし、気にしなくていい。でもお前に何かあれば僕の責任だから、僕のしていることに対して何も思わなくていい。必ず守るから、そこで大人しくして居てほしい。何もさせないって約束させたから大丈夫。」
「おにいちゃん・・・・」
「もう少ししたら一旦終わる。その時ちゃんと話そう。」
タクトはそう告げると立ち上がり、リクの側にある台の上に戻った。
リクは台の上で行われていることを直視できず、きつく目を閉じて耳を塞いでいた。タクトの身体を解体しているそれをリクは受け入れられなかった。身体の大切な物を抜き取られてはタクトに回復させろと告げている。タクトは悲鳴を上げはしないが、苦し気な声は漏れているためリクは丸まって耐えるしかなかった。
「用意された部屋に戻ろう。行くよ。」
タクトの声が聞こえてリクが顔を上げると、服を着たタクトが手を伸ばして待っていた。その手にリクが掴まると、タクトはリクが立ち上がったことを確認して先導されながら用意された部屋まで向かった。途中ここがどこかの大きな邸であることがリクにも分かった。使用人たちが大勢いる為だったが、その人たちはタクトとリクを見ても何も言わなかった。用意された部屋に到着すると、タクトは連れてきた人を振り向いた。
「御用の際はこちらから指示いたしますのでそれまではこちらで。何もなさいませんようお願いいたします。」
扉が締まり、部屋に2人が残されると、タクトは身体に入れていた力を抜いた。
「・・・カイルに怒られそうだね。その前に父さんと母さんにまた要らない心配をさせてしまいそうだよ。」
「お兄ちゃん・・・痛くない?」
リクがタクトの服を掴んで言うと、タクトは大きな息を吐いた。
「痛くはないよ。ちょっと辛いけど大丈夫だよ。」
「・・・お兄ちゃん・・・夢の・・・アレだよね?」
リクが恐々問いかけると、タクトは側にあった椅子に座り、リクがタクトの手を握った。
「そうだね。」
「辛いよね。」
「まだましだよ。リクの力を使わされるより断然まし。」
「僕の力?」
「そう。お前の力はとても危ないからね。僕が意識不明になるまでに解決できることを願ってるけど、それまでに解決しなかったら、僕の事は気にしなくていい。逃げろ。」
「でも・・・」
「リク、教会でリクがしていたことを覚えているかい?」
「うん・・・」
リクが弱弱しく頷くと、タクトは微笑んだ。タクトが微笑んだのを見てリクは首にある首輪に触れた。
「きっとリクが辛くならないように加減されながらリクの力を使わさせていたと思うんだ。でも、あいつらは違う。手に入れた物がどうなろうが構わない奴らだからリクが傷つくまで力を使うはずだよ。」
「言う事聞いた方がいい?」
「僕が無事でいる限りは手出しさせない。だからリク、僕が何もできなくなったら逃げるんだよ。僕は死なない。居なくなったりしないから、守れなくなったらリクはどんな手を使ってでも逃げるんだ。わかったね。」
タクトが真剣な声で告げたためリクは頷いたが、リクはタクトの言葉通りに逃げられるとは思えなかった。
タクトと一緒にベッドに入るのが今日で5回目。連れて来られた日からずっとタクトはあの悪夢を続けられていた。何事もないかのようにタクトは受け流していた。しかし部屋に戻されてからタクトがベッドにすぐに寝転がるのは初めてだった。
「お兄ちゃん・・・」
タクトが辛いのか寝転がるのを見てリクが泣きそうな顔を見せると、タクトは手を伸ばしてリクの頭を撫でた。
「回復まで時間を貰えなかっただけだよ。大丈夫だ。」
「んっ・・・。お兄ちゃん・・・僕・・・怖いよ・・・」
リクが涙をこらえて声を出すと、タクトがベッドにどうにか座ると、リクの顔をしっかりと見つめた。
「何か視たのか。」
「僕・・・お兄ちゃんと一緒に居たい。どこにも行きたくないよぉ・・・」
「リク、何が起こるのか教えてくれ。」
リクの言葉にタクトがしっかりとした声で問いかけると、リクはタクトの手を握った。
「お兄ちゃんまた辛いことするんだ。でもちゃんとできなくなっちゃって・・・僕にやれって言われるんだ。どういう意味か分からないよ。」
リクが何が起こるのかを説明するように言うと、タクトは悔しそうに舌打ちした。
「回復用のポーションを用意しない理由がこれか。リク、できないことはやらなくていい。分からないならそれでいい。その間に僕がやれるだけのことはやる。大丈夫だ。」
タクトはリクを安心させるように微笑んで言うと、リクはタクトに抱きついてギュッと強く抱きしめた。
リクの言葉通り、タクトの回復が追いつかなくなってしまった。台の上でタクトがどうにか切り裂かれた皮膚を塞ぐと、恐怖に震えるリクが作業台の側に連れて来られていた。
「リク!」
「時間を進めて回復させろ。時の力を持っているならできるだろう。」
「どうやるの・・・」
慌てたタクトの声と、やれと命じる声が混じったが、リクはタクトを見つめてどうすればいいのか問いかけた。命じた人が一瞬驚いた顔を見せたが、仕方ないとタクトと共に部屋に戻され力を使うことは無かった。しかしタクトの回復が遅れ始めると、リクの力をどうにか使い回復させるよう仕向け始めた。分からない、できないと言えばどうしてほしいのかを説明され、タクトの回復を望んで手を出すが何も起こらなかった。その為何度も何度もリクにタクトの回復をさせようとしたができなかった。タクトが寝かされているベッドの側にリクが来ると、リクを連れて来た人がため息をついた。タクトが目を覚まさなくなったのは昨日からであり、リクは目を覚まさないタクトを見つめて起きてと言うように揺さぶるが目を覚まさない。リクを連れてきた人が首輪に触れると、リクはその場に崩れるように座り込んだ。頭を抱えるように倒れると、リクを連れて来た人はため息をついたがリクを掴み上げ、首を掴んだ。
「タクトの身体が治るようお前の力を使えばいい。やり方なら分かっただろう。やれ。」
リクをベッドへと押しやり、タクトの回復をリクに無理矢理させる方法を取らせることになった。リクはタクトの手を握ると、苦しそうに口を開いた。
「できないよぉ・・・」
リクが力の使い方をまず分かっていないためできるはずが無かった。それを力を使わそうとしている人たちが知らないためリクが拒否していると勘違いしていた。だがそんなことを言っても無意味なのは分かっているため、リクはできないとしか答えられなかった。だからこそタクトが意識を取り戻した時、リクの姿に目を見張るしかなかった。
タクトが意識を取り戻すと、リクが側に居たがタクトは目を見張った。リクの首輪の色が変わっていた。その上リクが傷だらけでいるにも関わらず言葉を発しない。呆然とそこに居るだけであり、タクトはすぐに起き上ってリクの頬に手を当てた。
「リク・・・」
タクトがリクの名前を呼んでも反応しない。傷を癒すために力をリクの身体に流してタクトは気づいた。だからこそタクトはきつく手を握りしめた。
「カイル・・・探してくれないのかよ。どうして探しに来ないんだよ!」
タクトが1人悔しそうな声を出すと、リクの肩の上に小さな動物がチョンと座った。
『きゅぅ?』
その動物が首を傾げるように鳴くと、タクトが鳴き声に気づいて顔を上げてその動物を見つめた。
「居るんじゃねぇかよ!!なんでこんなことになるまで助けなかった。」
『きゅぅ・・・』
タクトの抗議に動物が耳を垂れさせてしょんぼりしたように鳴くと、タクトはため息をついた。
「救出に来るのか。」
『きゅっ!』
タクトの問いかけに動物がピシッと元気を取り戻したように鳴くと、タクトはリクの首にある首輪に触れた。
「どうせ僕も一緒か。父さんブチ切れなければいいけどなぁ。はぁ・・・」
タクトが疲れたというようにため息をつくと、リクの肩から小さな動物、小さな狐のようなそれがベッドに降りると、タクトの肩からももう一匹現れて扉を睨むように見つめていた。
「つーか居るんじゃねぇかよ!!僕とリクに付けてたのならもう少し早く助けに来いよ。辛いことも苦しいこともしなくて良かっただろ・・・」
2匹の背中に苦情でも言うように呟くと、扉が慌ただしく開き、初老の男性と、いつもタクトとリクの移動時に一緒に居た男性。最近ずっとリクと行動を共にしていた男性が部屋に入って来ると、リクがハッとしたような顔を見せた。いつも側に居る男性を見てリクが怯えるように震えると、タクトがリクを優しく抱きしめた。
「大丈夫だよリク。遅くなってごめんね。」
「起きたか。」
タクトが起きていること、リクを抱きしめ喋っていることを確認して3人は嬉しそうな顔を見せたが、ベッドの上に鎮座している小さな狐を見て目を見張った。狐たちは3人を確認すると、カッと口を開いた。開いた口から巨大な弾が3人に向かって撃たれると、壁を破壊してその弾は外へと攻撃が外れた。しかし外に出た攻撃が爆音を響かせるのろしだと気付いたのは、その爆音が響いた時だった。
爆音に続きバタバタと足音を響かせる屋敷。タクトは狐たちによって気絶させられた3人を呆然と見ていたが、リクが座り込むように頭を抱えたためリクの腕を掴んだ。
「リク、痛いなら我慢しなくていい。抗うな。ちゃんと首輪は外す。リクの身体にあるものは全部無くす。だから今は安心して眠っていい。次に目を覚ましたら家の中だ。父さんと母さんが居るよ。」
タクトが優しい声で言うのを聞いてリクがフッと眠ってしまうと、タクトはリクをベッドに寝かせた。ちゃんと見ていなかったが、手首に以前見た模様があり、タクトはきつく手を握りしめた。
「やっと見つけた。遅くなった。」
カイルの軽い声が聞こえ、部屋に入って来たカイルを睨むようにタクトが見ると、カイルは頭を掻いた。
「悪い。」
「あの2匹を側に居させていたのならなんで早く助けに来ないんだよ!!僕も・・・リクも辛い思いをしたんだぞ!リクなんてまた首輪のせいで強制的に力を使わされる羽目になってるし、回復させないための呪いまで掛けられてる。また苦しんで回復するしかなくなってるんだぞ!!来るのが遅いんだよ!!」
タクトが敵陣の中だと言うのにカイルに苦情を並び立てて怒鳴ると、カイルは深いため息をついた。
「家に帰ってからも聞いてやるから今は帰るぞ。お前とリクの首輪を外してからの方がいいな。」
「簡単に外れる物を使ってないよ。」
カイルがタクトの首輪に触れたために言うと、カイルは微笑んだ。
「お前、俺がなんで単身乗り込めてるか分かってねぇの?」
「規格外だからでしょ。」
「ちげーよ。今回父さんが俺に遠慮はしなくていいって言ったからちょっと過剰戦力になっちまったんだよ。んで、制圧に俺一人で来たってわけ。」
「どれだけ連れて来たの?」
「まぁそれなりにな。エン、悪い。2人の首輪外してほしい。後フェン、フォン、二人乗せてここから離れろ。ヴァン、残りの奴ら全員捕えて来てくれ。抵抗したら腕や脚の保証はしなくていい。捕らえたらエントランスに集めておいてくれ。」
部屋に入って来た執事風の男性、エンがリクの首輪に触れるとすぐに外れた。タクトの首輪も同じように外すと、エンはリクを抱きかかえるように持ち上げた。
「エン、もし全部外してやれるなら外してやって欲しい。タクトと母さんがするにしても苦しませる。」
『分かった。カイル、この子と後で話をさせてほしい。』
エンがリクを優しい眼差しで見つめて言うと、カイルは一瞬驚いた顔を見せたが微笑んだ。
「全部終わってからな。フェン、フォン、頼んだぞ。エン、それが終わったらフォンにリクを乗せてタクトに後を任せていい。フェン、ジルナには伝えてある。目的地まで何も気にせず突っ切れ。2人を家族に渡してお前たちは目的地の警護を。アン達も引き続き2人の陰で警護だ。次は2人に何かあれば様子見じゃなくてぶちかましていい。」
カイルは次々と指示を出して側に居るフェン、フォンと言う名の巨大すぎる犬にタクトとリクを乗せ、エンがフェンにちゃんと乗れたことを伝えるとその場から風を切る様にして走り出した。それを見送り、カイルは深い息を吐くと怒りに燃える目を見せた。
『カイル。』
「分かってる。これ以上ここに集めても破壊を招くだけだ。コスモは下か?」
『下でヴァンが捕らえた者たちの監視と威圧をしている。』
「分かった。」
カイルが落ち着きを取り戻したかのように歩き出すと、エンはため息をついたが、部屋に転がっている3人を引きずってカイルの後に続いた。