始まり2
ハッとしたように目を覚ますと、僕が使っている部屋のベッドの上だった。今がいつであの後どうなったのか覚えていない。急いで起き上ろうとしたが、身体中が痛い。ぐぅぅぅっと痛みを堪えるようにベッドの上で丸くなると、扉が開いて誰か入って来た。
「起きましたね。今日は休んでいなさい。」
ワグナーさんの声が上から降ってくると、枕元にいつも見るバスケットがドサッと置かれた。
「夕食までのご飯はそこに入れてあります。それまでに回復して、夕飯はみんなと食べなさい。できないとは言いませんね。それでは。」
ワグナーさんは伝えるべきことは伝えたというように部屋から出て行った。僕はどうにか身体を起こすと、バスケットの中を見てため息をついた。ビンに入った果実水が数本とサンドイッチが多数。いつもの食事だ。それをどうにかこうにか痛む体をおして食べると、フゥと息を吐いた。
『さっき視たことが本当なら部屋を出なきゃ。庭に人が待ってる・・・』
ハッと目覚める直前によくあることだが、近々起こることが分かる。それが実際に起こることだということはもう嫌というほど知っている。僕自身に関わることなら言う必要はないけど、他の子たちに関わることならそっと伝えていた。それで他の子たちを守れることを覚えたからだ。でも今回のは僕に関わることで、その後はこの教会自体に影響があること。でもそれを伝えない。まだ確実に起こると決まってない。
痛みを堪えて部屋から出ると、教会の側にある宿舎の裏口から庭に出た。今の時間は教会の祈りの場で勉強をしている時間だから誰も居ない。それを知っていて僕は視た場所へ足を向けた。
教会の宿舎裏にある庭に大きな樹がある。手入れされた庭とその樹の側には子供たちが遊べるように簡易的な遊具がある。教会の子供たちだけではなく、外からの子供たちも遊べる場所だ。だから解放されているそこに足を向けると、子供たちに交じって大人も居る。教会の子供たちだと分かるようについている首輪をしている子はいない。大人たちも首輪をしている子どもたちを見ても何も思わない。たまに可哀想にと言われるくらいだ。僕は遊んでいる子どもたちを気にせず、大きな樹の側にあるベンチに座った。
「僕に用なんでしょ?」
僕は前を向いたまま樹の裏に居るであろう人に声をかけた。気配だけはそこにあり、樹の裏に人が居ることは分かっていた。声をかけたためか樹の裏に居た人がベンチに座ると、体格のいい人だった。ラフな格好ではあるが、鍛えていると分かる。
「君を引き取りたいと思っている。」
ベンチに座った人が急にそう言うと、僕は身体に入れていた力を抜き、横を向いた。体格のいいその人を呆れた目で見つめた。
「これがなんでついてるか知らない訳じゃないでしょ?」
「知っているよ。教会に引き取られた子供たちだと一目で分かるようにつけられている。ただそれは教会に縛り付けられているという意味もある。身寄りのない子供たちに家族を見つけ、探すことも教会の仕事だが、それをせず、縛り付けることをしている。」
「そこまで知ってるのに何もしないの?」
僕はちゃんと分かってくれているのに何も手出ししない事にイライラが募り少し怒ったように言うと、隣に座った男性が悲しそうな顔を見せた。
「教会に権力が集まっている。それによって手出しできないようにされている。街の兵や自警団では教会を弾圧することはできない。」
「じゃ無理だね。」
僕がきっぱりそう言うと、男性は僕の方に身体を向け、しっかりと目を見つめて来た。
「君の助けがあれば可能だよ。」
「無理だよ。これの事を分かってるでしょ?」
僕が首輪を数回コンコンと突くと、男性は頭を横に振った。
「私が側に居る間は大丈夫だよ。」
「意味わかんない。逆らえないんだよ。教会が悪いところですとは言えない・・・」
僕がスラスラ言葉を発することに僕自身が目を見張って気づくと、男性は僕の手を優しく握った。
「君が覚えていることで構わない。教会が君にしていることを教えてほしい。君以外にも教会が何か手出ししている子が居るのならその子たちの事も教えてほしい。この教会は潰さなくてはならない。」
男性が優しさの籠った声で告げ始めたが、教会を潰すと言った声は低く、どこか寒気すら覚えるような声だった。
「接触はあまりしない。今日は私の意思を伝えなくてはならなかったから会いに来た。それとこれを渡すためにもね。」
男性が僕の手を取って、僕の手にネックレスを置いた。輪の先に青色をしているが透明な石が嵌っている装飾があった。
「奪われないように。それを身に着けここで独り言を言ってもらえれば構わない。必ず誰かが君の声を拾う。それが君を救う。だから少しの間助けてもらいたい。」
男性がグッと僕の手を丸めて握ると、僕は頭の中に映し出された映像を見て頷いた。
「分かった。」
「ありがとう。2回ほど助けてくれたら必ず君を引き取り助け出す。」
「分かった。でも毎日は来られないよ。」
「来られるときで構わない。こちらも準備がある。」
「うん。」
「戻りなさい。日が傾くまでは眠って居なさい。助け出すまでは逆らわないように・・・」
男性が名残惜しそうに僕に声をかけて行くよう促す。僕はそれに従うように宿舎へと戻った。速足で部屋に戻り、ネックレスを見つからないよう隠すと、ベッドへと倒れ込んだ。そのまま泥のようにベッドへと沈み込み、眠っていた。