冥奴のミヤゲさん
メイドの朝は早い。ご主人様が起き出すよりも早く、太陽が窓よりちょっかいを掛けてくるよりも早く、目を覚ますのだ。
起きてすぐにやるべきことは、身嗜みを整えることだ。いつ何時でもお客様に対応できるように、白黒の制服に身を包む。
次に、まだまだメイドとして未熟な見習いたちを叩き起こしにいく。こうやっているうちに、才能のある者は自然と起きられるようになってゆくのだ。
「起きなさい、ミヤゲ!」
「あと5分……あと5分……」
「貴女、この屋敷に勤めて幾つになるの!後輩たちよりも起きるのが遅いとは何様ですか!」
「メイド長は、うるさいにゃあー」
……まぁ、こういった者も稀にいる。
この屋敷に雇用されているミヤゲは、庶民の出故に姓は無い。また、メイドとしての才能は皆無だ。
まず、容姿。無駄に目立つショッキングピンクのツインテールヘアーに、愛くるしいクリクリお目目、ちょこんとした可愛らしいお鼻に、ぷっくりとした艶のある唇、胸はこれでもかと豊満ながら、キュッと締まった腰の括れをした美少女なのだ。
屋敷の女主人よりも可愛らしいどころか、絶世の美と称されかねない奉仕者としては全くもって厄介の種でしかない容姿なのである。
次に、性格。ネコのように気まぐれで、ナマケモノのように緩慢で、イヌのように馬鹿っぽく、ブタのように食いしん坊なのである。
そのような性格であるからして、仕事は雑で、時間が掛かり、他の仕事に目移りし、食事時には役立たずと化す駄メイドなのだ。
そして、極めつけはその体質。ドジっ子である。
皿を割り、何もないところで転び、塩と砂糖を取り違え、主人の胸に飛び込んでゆくような、典型的なドジっ子である。
「全く、掃除の時間ですよ、ミヤゲ」
「お掃除?」
明らかに屋敷の主人のお手つきだから未だ雇われ続けているようにしか見えない駄メイドは、メイド長の言葉に無垢な子どものような反応をする。
「わかりました、行って参ります」
そして、真面目モードに切り替わった。
場面は変わり、ミヤゲの仕える貴族の所属国家その闇の一角。
そこではとある貴族と犯罪組織がヒソヒソ話をしていた。
「であるからして……殺して……は誘拐……奴隷と……」
「ほう……なるほど……報酬は……ふむふむ……」
随分、物騒な話をしている彼らは欲望に濡れたギラギラとした眼光をしていた。
「面白そうなお話ですね?私も混ぜて貰えませんか?」
「誰だ!?」「何事ぞ!?」
そこに現る闖入者。いち早く反応したのは犯罪組織の男だ。既に席を立ち、短剣片手に脱出口の一つに近づいていた。貴族の方は、問い掛けで精一杯、そもそも逃げるという発想が無さそうだ。
「私はしがないメイドさんです。お掃除に参った次第です」
「メイド?」「メイドだと?たかがメイド風情が、高貴なる私を脅かせるでないわ!」
あっさりと答えた闖入者は、確かにメイドの恰好をしていた。それに気を大きくした貴族が吠える。しかし、犯罪者は何かが引っかかっていた。
「メイド?メイドだと?……まさか!?」
そして、思い出してしまった。
それは、裏社会に伝わる御伽噺、都市伝説、ホラ吹きどもの酒の肴であり、しかし、上位に上り詰めた者ほど実在を信じ畏れる最凶の暗殺者。
「オマエがあの冥奴か!」「な、何の話しをしておるのかね?メイドはメイドであろう?」
「だから、さっきそう言ったじゃないですかー。私はしがない冥奴さんです♪薄汚いゴミをお掃除しに参ったのです♪」
愉しげにメイドの恰好をしたナニカが返答する。
それを聞いた瞬間、犯罪者は逃走した。
「はい、残念♪」
しかし、回り込まれてしまった。
「なっ!?」
あまりの事態に思考が追いつかない。犯罪者が逃走しようと振り向いた時には、そこにメイドがいた。
先ほどまで、それなりに距離のある位置にいたというのに。
「な、何事であるか?今、メイドが消えたように見えたぞ」
貴族が遅れて、困惑の声を上げる。彼はメイドから視線を外していない。だというのに、彼の目にはメイドが消えたように見えていた。
「お、おい!貴様!何か知ってあるのであろう!答えよ、これはどういうことであるか!?」
動揺しながらも、貴族は自分よりも事情を把握しているだろう様子の犯罪者に問い掛ける。
「冥奴だ……本当にいたんだ……冥奴がいたんだよぉおお!!」
「だから、メイドが何だと言うのだ!?」
しかし、犯罪者は半ば発狂してメイド、メイドと繰り返すばかり。
貴族はニュアンスの違いに気づきながらも、知らなくばそれを理解することはできなかった。
「はい、おしまい♪」
「「あ……?」」
ゴトリと、2つ。何かそれなりの重みのある物が落ちる音がした。そして、同時に貴族と犯罪者の意識は永遠の眠りに誘われたのであった。
メイドのミヤゲとは、世を忍ぶ仮の姿。
絶世の美少女な容姿は、同じく絶世の美貌のお嬢様の影武者として襲撃者を惑わすために。
駄メイドな性格は、そもそもメイドの仕事は二の次だから。
そして、ドジっ子の本性は、暗器や毒物の類から主人を守るため。
彼女こそは、悪が畏れる最凶の暗殺者。
冥府の雇われ農奴、すなわち、死神の異名をとる者。
冥奴のミヤゲさんなのである。
「うん、お仕事完了。さぁ、帰ってお嬢様からご褒美のオヤツを分けてもらおうっと♪」
……まぁ、性格の幾つかは素であるようだが。