開戦合図と、新たなる発見の兆候
体育の授業は特別な体育館で行われる。古代より続く闘技場の形をとったその場所は、魔法の組手などに使われている。今回もその授業であった。ジーニーとセサミの戦いはお互いに目的が一致していたため容易く最終戦に回された。転生前の学校のスピーチ授業でそうであったように、いかに自己アピールが必須な貴族であろうとも未だ異性に夢見る年頃であれば恥をかくのを嫌い、最初と最後を嫌うものだという情報があったため、ほかの生徒に根回しするのも容易いことであった。
ジーニーは適当かつ人に話せる程度にそれ以前の試合を観戦し、いよいよ自分とセサミの番になった。
「アッシュ伯家ジーニー様・対・プロティン子家セサミ様・開戦!」甲冑をまとった体育教師が、巨大な旗を掲げながら大声で告げる。この、青年期の少年少女たちの心象を一切考えていないような開戦合図には難色を示すところではあるが、ジーニーにとってこれは好機であった。勝利を確信し、友人たちに大手を振る笑顔の筋肉男を尻目に、ジーニーは教師の正面左側に立つ。
「胸を借りるつもりで挑ませていただきますぞ!宜しくお願いしまァす!」心の底から思っちゃいないことを、知らない衆人からの好感度のためにいけしゃあしゃあと放ち、きっかり四十五度の礼をする男の姿を見てから、ジーニーも頭を下げた。開戦だ。
**********
湧き上がるコロシアムの形の手合わせ場、程よく全体を見渡せる中列の中央にオレは座している。
オレの名前はテッド・ポール。ポール侯爵家の子息、三男だ。放蕩息子だけどな。
この授業は専ら生徒たちのギャンブルとして利用されており、オレもその一員だ。競馬を嗜む貴族みたいなことを今のうちにさせてやろうという学園の教育方針かもしれない。
今回はさすがに、『筋肉質かつそれを生かした魔法の使い方をするセサミ・プロティン子爵子息』と、『深窓の美少年で肌も白く細い体躯、勝利の相手が全員それ以下のジーニー・アッシュ伯爵子息』という見え透いた勝負だったからオッズがクソみてぇな値段になっちまってるけど、それでも賭けること自体が好きなヤツらがセサミに賭けている。
でも、オレはあえて…ジーニー・アッシュ伯爵子息に賭けてやった。
理由は簡単。まず、これまでのジーニーの対局の勝率は零割八分ほどで、しかもそれはアイツより弱い野郎との対戦結果だが、その勝因が恐らく『異常な白魔法と黒魔法の出力を利用した幻覚による、出力の低い青魔法に見せかけた攻撃』だからだ。
しかも今回の対局相手であるセサミ・プロティンはヤツの婚約者であるフランベルジェ・チャッカマン伯爵令嬢に横恋慕してるであろうことはわかりやすかった。
とはいえ、これはオレの解析能力がなせる業であって、ほかの人間は『ただ打撃・サブミッションなどの格闘術と特別製メリケンサックを併用したフランベルジェのことを、性別の壁なぞ気にせず尊敬しているだけ』くらいに思っているだろうが。
今回の対局によってジーニーが勝ったのならば、オレはあの素晴らしきロック系ブランド、マーリンのブーツやアクセサリを買い漁れる他に、オレの憶測たるアイツの勝因は確定事項となり、観察すべき対象がまた一人増える。
この利益はまさに、一つの石で二つの鳥を取るみてェなものだ。
ん?コレ、縮めて“一石二鳥”って言って、この学園に広めちまえばラノベ界に新たな改革をもたらしちまうかもな。