新しい朝だと一瞬思っただけのいつも通りの朝
朝、特別製の目覚ましによる手に伝わる痺れる痛みで、少年は目を覚ました。彼はジーニー・アッシュ。伯爵家の子息で長男だが、ある事情で家を継ぐことはない。背中を起こして体を伸ばすことすら気だるいほどの面倒くさがりであり、そのために見込みのある分家筋の人間を養子に取られて血を継ぐだけの存在となったからだ。彼は婚約者がいながら倦怠感に浮気しているのだ。故になんか重要そうな前世の記憶が頭をよぎってもまともに理性で取り合うことなく、精神の本能的な働きでただの知識の形に押しとどめて見せた。
ジーニーは急に現れた謎の知識に戸惑うことすら面倒くさがったが、珍しく気がかりな情報があったのでざっと振り返ってみることにした。
―『クォーツ=タンジェンツⅢ』。現代日本のゲームでこの世界と同じ世界観―現代日本風に言うなら中世ファンタジーが舞台―のゲーム。
アウェル王国にある王立レヴィエッダ学園を舞台に、自分でキャラメイクした主人公の視点で学園生活を満喫するという内容で、タイトル通りこれで3作目。1、2作目は知らない。姉、妹がプレイしていたものを強引に渡されて始めただけで、前世のジーニーはそこまでのめりこんでいなかったためだ。確かにかなり面白いゲームだったらしい。キャラメイキングと選択肢によって可変するゲーム性に、恋愛嫌いとしてメイクしない限り必ず付随する恋愛要素。12人のヒロイン全員のエンディングを見てやろうと躍起になっていたようだが、このゲームの記憶は3週目、シューティングゲームとなる機械技師主人公で読み物愛好家の後輩女子を攻略しようとしていた時で止まっている。その後に前世の彼は不眠症治療のためにもらっていた睡眠薬の配合が間違っていたために死亡してしまっていた。しかし、このゲームの世界はどこかがこの世界とは違う。舞台となる“アウェル王国”なんてこの世界には無いし、国がないから当然“王立レヴィエッダ学園”なんて存在しないからだ。そこが彼にとっては気がかりであった。自分のいる国と地理的特徴はほぼ一致するのに、名前はトライアン王国、王立セーゲン学園とは全く異なっている。
こんなもんだろうと思った後に、ジーニーはそろそろベッドを魔力で起こし、立ち上がることにした。幼馴染の婚約者は健気なことに休学期間中この屋敷に住み着き、毎日朝9時に物騒な方法で部屋から出しに来るからだ。
これまた珍しく徒歩で彼女のもとに向かう途中、1週目のRPGを、この記憶から得た気づきを、おそらくこんなことがなくても気づいていたであろうことを思い返してみた。
…ガンバルとは面倒なばかりだ、と。