96 闇堕ち令嬢、怒る
オズフリートがゆっくりと、旧礼拝堂の重圧な扉を押し開く。
その向こうに現れた光景に、リリスは目を疑った。
「あらあら、来てしまったのですね」
白い柱の立ち並ぶ、厳かな空気の漂う礼拝堂。
そしてその中央には、左右に三対ずつ――純白に輝く六枚の翼を持つ、世にも美しい天使が佇んでいたのだ。
「うわ、六枚羽かよ……。帰りてぇ……」
傍らのイグニスがそう呟いたのが聞こえ、リリスは少し緊張してしまった。
「何それ、枚数が何か関係あるの?」
「天使が階級が上がるほど翼の数が増えるんだ。覚えときな」
「じゃあ、あの天使は?」
「かなりヤバい」
「…………そう」
口調こそいつものふざけたイグニスだが、彼が纏う空気が鋭さを増したのをリリスは感じた。
こそこそ喋っていたリリスたちが気に障ったのか、天使がこちらに視線を向ける。
「この姿では初めまして……と言うべきかしら。下劣な悪魔に悪魔と契約を交わしたお嬢さん。わたくしは――」
「守護天使レミリエル」
天使の言葉を遮るように、オズフリートがそう吐き捨てる。
そんな彼に向かって、レミリエルは困ったように微笑みかけた。
「そんなに怒らないで、オズフリート。わたくしは――」
「黙れ。僕はもう二度と、お前の言いなりにはならない……!」
オズフリートは今までに見たことがないほど激情を奔らせて、射殺しそうな視線で天使を睨みつけている。
いつも穏やかに微笑んでいる彼の変貌に、リリスはこんな時なのに驚いてしまった。
だがオズフリートに睨まれたレミリエルは、少しもうろたえることなく悠然と微笑んでいる。
「オズフリート。わたくしはただ、この国の明るい未来を願っているだけ。その為に最善の道を選ぼうとすることは、罪なのでしょうか?」
「その為に、僕の大切な人を犠牲にするのなら……お前は僕の敵以外の何者でもない」
「……残念です、オズフリート。あなたは賢く理知的で、私の助言に従いさえすればきっと歴史に残る賢王となるでしょう。それなのに、あえて茨の道を進もうとするなんて……。やはり、あなたを堕落させる魔女を、完全に消滅させるしか道はなさそうですね」
レミリエルがうっそりと笑う。
その視線がこちらを向いているのに気が付いて、リリスの背筋に冷たいものが走った。
レミリエルとオズフリートの話を完全に理解できたわけではない。
だが、レミリエルがリリスのことを消そうとしており、オズフリートがそれに反対しているということはうっすらと理解できた。
――ということは、まさか一周目の時も、この天使が私を……!
得体のしれない天使の存在が、怖くないわけじゃない。
だが、恐怖を凌駕するほどの激しい怒りが、リリスの中で燃え上がっていた。
「ねぇ、そこの天使。レミリエル……とか言ったかしら」
あえて挑発的に呼びかけると、レミリエルはにこりと笑う。
「何でしょうか、闇に堕ちたお嬢さん」
口調は穏やかだが、レミリエルは明らかにリリスを敵視している。
「あなた、前にもこうやって私のことを排除しようとしたわね」
断定的にそう告げると、レミリエルは笑う。
リリスの言葉を、否定しようとはしなかったのだ。
「あなたは王国の輝ける未来にとって不要な存在です。あなたがオズフリートの傍に居たところで、害にしかなりません。望まれる未来を妨げる可能性がある者は、私が何度でも排除して見せましょう」
……とにかく言い方がまわりくどい。
反射的にイラっと来てしまったが、これではっきりした。
オズフリートでも、アンネでも、その他大勢のものでもなかった。
リリスが最も復讐すべきなのは、リリスの未来を奪った者は……この、したり顔の天使なのだ……!
「……イグニス。私、復讐はやめるって言ったけど……気が変わったわ」
アンネも、オズフリートも恨むのはやめた。
だがこいつだけは、絶対に許せない……!
「これは命令よ。このイラつく天使を、ボッコボコにしてやりなさい!」
イグニスはやれやれと肩をすくめると、いつものように不敵に笑う。
「お嬢様の仰せのままに」




