95 絶対に許さない
「リリスっ!」
リリスを襲う凶刃に、真っ先に反応したのはオズフリートだった。
抱きこむようにリリスを床に押し倒し、間一髪ミリアの放った光の刃を躱したのだ。
「っ……!」
リリスの危機に、イグニスも一瞬注意が逸れたのだろう。
その隙を見計らって、ミリアはイグニスを蹴り飛ばすようにして起き上がり、一目散にその場から駆け出したのだ。
驚く人々の合間を縫って、すぐにミリアの姿が遠ざかっていく。
「待ちなさいっ! レイチェル、アンネをお願い!!」
それだけ言い放つと、無我夢中でリリスはその後を追いかける。
「リリス!」
「おい待てって!!」
背後からオズフリートとイグニスの慌てたような声が聞こえたが、ここで足を止めるわけにはいかない。
大広間を飛び出し、リリスはただひたすらに逃げるミリアを追いかけた。
――絶対に、絶対に許さない……!
アンネは必死に努力していた、
少しでもここに馴染もうと、お披露目の場で失敗しないようにと、リリスのレッスンを頑張っていたのだ。
それなのに……あいつが無茶苦茶にした。
無理やりアンネを操り、何もかもをぶち壊したのだ。
それだけじゃない。もしかしたら一周目の世界でも、リリスのすべてを奪った元凶は、オズフリートでもなくアンネでもなく彼女だったのかもしれない……!
――今に見てなさい……。捕まえて、その罪を白日の下に晒してやるんだから!!
リリスはオズフリートとアンネ「には」復讐を果たすのをやめた。
だが、あいつは別だ。
性懲りもなくリリスの前に姿を現したということは、喧嘩を吹っ掛けられたのと同じことだ。
だったら、買ってやるのが礼儀ではないか……!
視線の先のミリアは、王城の片隅に位置する、今ではほとんど使われることのない旧礼拝堂へと逃げ込んでいく。
怒りに燃えるリリスはその後を追おうとしたが、寸でのところで背後から強く腕を掴まれ転びそうになってしまう。
「いったぁい!」
「だから待てって! こんなあからさまな罠にひっかるなよ!!」
振り返ると、そこには息を切らせたイグニスとオズフリートがいた。
どうやら二人はリリスを追いかけてきたようだ。
「罠って……」
「よく聞いて、リリス。あれだけの騒ぎが起こったのに……王城内がこんなに静まり返っているのはおかしくないかい?」
真剣な表情のオズフリートにそう言われ、リリスははっとした。
確かに、王城の片隅とはいえ普段ならもっと人々のざわめきが聞こえるものなのに、今は虫の鳴き声一つ聞こえない。
……まるで、リリスたちだけ世界から切り離されてしまったようだ。
「どう、なってるの……?」
「おそらく、あいつがこのあたりの空間に細工をしたんだ。いいか、そんなことができるのはかなり高位の天使である証だ。お前は、無謀にもそいつのテリトリーに突っ込みかけてたんだよ!」
イグニスに叱るようにそう言われ、リリスはおそるおそる旧礼拝堂を見上げる。
使われなくなって久しいその建物は、どこか不気味な空気を放っているかのようにも見えた。
「でも、やっとここまで追い詰めたのよ! あいつを野放しにしたら、また何をするかわからないじゃない……!」
「あぁ、それは僕も同意見だ。だから……ここで終わらせよう」
オズフリートはぞくりとするほど冷たい視線で、旧礼拝堂を見据えている。
「少し、下がっててもらえるかな」
その言葉に言い知れぬ圧を感じて、リリスは慌てて二、三歩後ろへ下がる。
オズフリートは腰に佩いていた儀礼剣を抜くと、そのまま大きく振るった。
彼が切り裂いたのは、何もない虚空のはずだ。
それなのに、まるで張りつめていた糸が切れたかのように……空気が変わるのをリリスは肌で感じた。
「今のは……?」
「天使の結界を斬ったんだろ。悪魔の俺も俺と契約してるお前も、無防備に突っ込んだら今頃うっかりジュッと蒸発してたかもな」
いつもの無駄話をする時と変わらない口調で、イグニスはそう言った。
その光景を想像してしまい、リリスは思わず自身を抱きしめる。
「もう大丈夫だと思うけど……気になるなら、僕が先を進もうか」
「……お願いします」
こちらを振り返ったオズフリートにそう提案され、リリスは一も二もなく頷いた。
仮にも自国の王子に、どんな危険が待ち受けているかもわからない場所へ真っ先に進ませるのは気が引けるが……まぁ、オズフリートなら大丈夫だろう。
――オズ様って殺しても死ななそうな顔してるし……大丈夫よね!
そう信じ、リリスは彼の後に続いた。