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93 本当の願い

 よくよく見れば、彼らはオズフリートの主催する詩作朗読会でよく顔を目にする面々だった。

 彼らは一様に憤慨した様子で、唖然とするアンネに反論し始めたのだ。


「リリス様に教養が欠けているなど、とんでもない誤解です! リリス様ほど並外れたセンスを持つ御方はいないというのに!」

「聖女様もリリス様の素晴らしい詩を聞けばわかりますわ! えっと、何がいいかしら……」

「やはりここはアレでしょう。原点にして頂点の……」

「「残響(ざんきょう)生贄(サクリファイス)!」」


 そのタイトルに、リリスははっとした。

 残響(ざんきょう)生贄(サクリファイス)――それは、ある意味リリスの運命を変えたと言ってもいい超大作だ。

 あれは時間が巻き戻ってすぐのことだった。

 オズフリートの詩作朗読会でその詩を披露したリリスは、一周目の時とは違い拍手喝采を浴びたのだ。


 初めて、皆に認められた。受け入れられた。

 あの時の歓喜は……今でもはっきりと覚えている。


 ――そういえばあの時……オズ様が真っ先に私の詩を褒めてくださったわ……。


硝子月(グラスムーン)が輝く夜……!」 

「また幻痛(ファントムペイン)が止まらないぃ!」


 自信満々にリリスの詩を読み上げる者たちの声を聞きながら、リリスはあの時のことを思い出していた。


 オズフリートは真っ先にリリスの詩を褒め称え、「素敵な詩だね」と言ってくれたのだ。

 そんな彼に対して、抑えられない殺意を覚え始めたのもその頃だったか。

 どこかくすぐったいような……今となっては、大切な思い出だ。


「本当の創世記(ジェネシス)が幕を開ける――どうですか、聖女様! これでリリス様の素晴らしさがおわかりになったでしょう!?」


 今こうして彼らが庇ってくれているのも、もしかしたら……オズフリートのおかげなのかもしれない。

 そっと彼の手を握り返しながら、リリスはアンネの出方を待った。


 何人ものリリス派の貴族子女たちに詰め寄られたアンネは、蒼白な顔をして体を震わせていた。



 ◇◇◇



 いったい、これはどういうことなのだろう。

 聖女アンネ――を乗っ取ったレミリエルは、かつてないショックに打ち震えていた。

 リリス・フローゼスは決して王妃としてふさわしい人物ではない。

 一周目と同じように揺さぶりをかければ、すぐにでも彼女を追い落とせるはずだったのに……今の状況は何だ!?


 リリス・フローゼスを良く思わない者をけしかけ、リリスを糾弾するように仕向けたが、彼らはオズフリートにひと睨みされると、あっさりと怯えて引き下がってしまったのだ。

 レミリエルの読みでは、彼らに呼応するように多くの者が「フローゼス公爵令嬢は王太子の婚約者としてふさわしくない」と同調するはずだったのに。

 実際に、前回はそのように誘導できたのに。

 何故、うまくいかなかった……?


 さすがにリリスの欠点を上げ連ねれば彼らも乗って来るかと思ったが、レミリエルはまた読み違えた。

 まさかこれほど熱心なリリスの擁護派が現れるなど想定外にもほどがある。

 彼らが読み上げた詩も、まったく知性や情緒は感じられなかった。リリスを擁護する者たちの感性がおかしくなってしまったとしか思えないほどに。

 ……そうだ。きっと、リリスが悪魔の力を使い彼らを洗脳しているのだろう。

 想像以上の悪しき所業に、アンネはぶるりと体を震わせた。


 やはり彼女は、人間を堕落させる悪しき魔女なのだ。

 ……今ここで、排除せねばならない。


 大丈夫、アンネの中に眠る聖女の力を使えば、多少強引にでも人間を操ることができる。

 ほんの数秒でいい。誰かを操り、リリス・フローゼスを亡き者にするのだ。

 リリスは死に、リリスを死に至らしめた者もおそらくは処刑されることになるだろうが……これが最善の策なのだから。

 すべては王国の幸福な未来のためだ。悪しき魔女を葬るために、多少の犠牲は仕方がない。


 だが潔く力を使おうとした時、アンネの心臓がどくりと大きく鼓動を打った。

 思わず胸を抑えたが、破裂しそうな鼓動は収まることを知らない。体が……上手く動かない。

 まさかこれは、深く眠らせたはずの「本当のアンネ」が抵抗しているとでもいうのだろうか。


「今のはリリス様の最新作、深紅(クリムゾン)()裁き(ジャッジメント)です! さぁ、聖女様! 本当はあなたも、リリス様の素晴らしい詩の虜になられたのでは?」


 ……何を、ふざけたことを。

 そうだ、リリスを殺す役は今ふざけたことを抜かした奴にしてやろう。

 そう決意し、力を使おうとしたが……何故だか、アンネの体はレミリエルの命令には従おうとしなかった。

 気が付けば、リリスは真っすぐにこちらを見ている。

 思わずレミリエルが怯んでしまうほど、強い光を目に宿して。


「……アンネ。ずっとあなたを見てきた私は信じてるわ」


 目が離せない。

 その強い光に、囚われてしまう。


「あなたは……私と時間を過ごした、本当のあなたになら、私の声は届くって」


 何を馬鹿なことを――と一笑しようとして、レミリエルは歯噛みした。

 ……体が、言うことを聞かない。アンネの想いが、レミリエルの支配を凌駕したのだ。


「リ、リス……さま……」


 意図せず、聖女アンネの喉の奥から声が漏れる。

 支配が……解けかけている。


「本当は、私……」


 レミリエルの命令に逆らい、アンネは必死に言葉を絞り出す。

 涙に濡れた瞳が、縋るように真っすぐにリリスを見据えている。


「本当は……もっと、お肉が食べたかった……。リリス様と、また、バーベキューがしたかった……!」


 聖女の口から漏れる言葉に、レミリエルは絶句した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャスティスミート! 肉の勝利!
[一言] >「本当は……もっと、お肉が食べたかった……。リリス様と、また、バーベキューがしたかった……!」 肉って偉大だなぁ~(笑) アンネはお肉教に改心するかも知れませんね。
[良い点] 面白いシリアスシーンでした!(?) [一言] シリアスは笑いに始まり笑いに終わる。基本中の基本ですよね。
2020/11/14 08:56 通りすがりの通行人
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