92 思わぬ援軍
「オズフリート殿下、どうか私の言葉を信じてください……!」
先ほどとは一転しおらしい態度で、目に涙を浮かべたアンネがそう口にする。
一周目の時なら、「お可哀そうな聖女様!」と誰かがすぐにアンネを庇いに出てきたものだが……。
――あれ、なんか反応薄くない……?
見守る観衆たちは、誰も動こうとはしない。
ぐるりと周囲を見渡して、リリスはわずかに首を傾げた。
アンネも誰かが自身を庇いに来るのを待っていたようだが……誰も来ないとわかると、さめざめと泣くふりをし始めた。
「フローゼス公爵令嬢は、『私から王子の婚約者の座を奪うつもりなのでしょう!? この恥知らず!』と私を怒鳴りつけ……私は、そんなつもりなんてないのに……」
――いやいや、そんなこと言ってませんけど!!?
一周目の時ならまだしも、二周目の今にそんなことを口にした記憶はない。
リリスの知っている本当のアンネは、自身がオズフリートの婚約者の座につくつもりなど毛頭なさそうだった。
オズフリートとリリスが接近した時も、特にそれらしいことは言ってはいなかったのだが……。
――なのにこの言い方、まるで……一周目の時の状況を知ってるみたいじゃない……。
今の――操られたアンネは、リリスの知っている一周目のアンネそのものだ。
一周目のアンネも、今アンネを操っている何者かに操られていた。
そしてその犯人は、一周目の時と同じようにリリスを排除しようとしている。
――まさか私やイグニスみたいに、一周目の記憶があるっていうの……?
今まで考えたことはなかったが、リリスたちのように巻き戻る前の出来事を覚えている者が他に居てもおかしくはないのだ。
だとしたら……。
――今度は、負けないわ……!
アンネを操っている犯人を引きずり出して、アンネを取り戻す。
そして、卑劣な犯人を血祭りにあげてやるのだ。
リリスは一歩前へ出ると、余裕の笑みを浮かべてアンネを見据える。
「うふふ。まさかこの私が、あなたに今の立場を奪われると思って、あなたを怒鳴りつけたとおっしゃりたいの? 心外だわ」
「……フローゼス公爵令嬢、神は全てを見通しておられます。今ならまだ――」
「何を勘違いしているのかしら。あなた、まさか私の立場が……あなたの存在ごときで揺らぐとでも思っているの? 随分と自分のことを評価しているのね。いいわ、そのポジティブな精神、私は好きよ。ねぇ、聖女様?」
既にリリスの地位は盤石であり、田舎の聖女ごときの妨害で揺らぐはずがない。
……と聞こえるように嫌味ったらしくそう言ってのけると、アンネの頬にかっと赤みがさす。
どうやら嫌味攻撃はかなり効果的だったようだ。
「あらあら、可愛いお顔が真っ赤じゃなぁい。少し外で涼んできたらどうかしら?」
「結構です! それより私っ……聞いたんです! フローゼス公爵令嬢は勉学も教養も何もかもが欠けていて、とても王妃の器ではないと、皆が話しているのを」
アンネの言葉は大方リリスの予想通りだった。
しかしよくもまぁ公の場で、そんな失礼なことを言ってのけるものだ。
一周目の時はそんな無礼がまかり通っていたのだから恐ろしい。
アンネは涙で濡れた瞳でリリスを睨むと、必死に声を絞り出すかのように叫んだ。
「フローゼス公爵令嬢、あなたも薄々気づいていらっしゃるのでしょう? 多くの者に、あなたは王妃として歓迎されていないと。だから――」
「お待ちください」
その時割って入った声にリリスは驚き、アンネも虚を衝かれたかのように言葉を引っ込めた。
口を挟んだのはリリスではない。リリスの傍に居るオズフリートでも、イグニスでもない。
「先ほどの聖女様のお言葉で、訂正していただきたい箇所がございます」
そう言ってずらずらとやって来たのは、リリスと同年代の貴族子女たちだった。
「リリス様に教養が欠けていると聖女様はおっしゃりましたが、それは大きな間違いです!」
彼らは何故か憤慨した様子で、そんな主張を繰り出したのだ。