91 運命が変わるとき
「口を慎め、フローゼス公爵令嬢! このお方をどなたと心得る!」
さっそくアンネの取り巻きが反応してきたが、リリスは軽く流してやる。
「わたくしはオズフリート王子殿下の勅命で、聖女様の教育に当たっております。……ということでよろしいですよね、オズ様?」
余裕の笑みを浮かべて、だがその実……鼓動がはちきれそうになるほど緊張しながら、リリスは傍らのオズフリートを見上げた。
一周目の彼は、どこまでも事なかれ主義だった。
あちこちにいい顔をしようとして、リリスはいつも割を食っていたものである。
オズフリートが公にリリスを庇わなかったので、リリスを陥れようとする者たちはどんどんと付け上がっていったのだ。
その結果リリスは孤立し、破滅の運命を辿ってしまった。
――でも、きっと今なら……!
違う運命を、辿ることもできるはず。
そう信じて、リリスはオズフリートを見つめる。
彼はリリスと視線を合わせ、優しく笑う。そして、周囲からは見えないようにそっとリリスの手を握ったのだ。
「っ……!」
思わず悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪える。
オズフリートはアンネとその取り巻きたちに向き直り、堂々とした態度で口を開いた。
「あぁ、僕は聖女アンネの作法や礼儀に関しての教育を、フローゼス公爵令嬢に一任している。彼女の教育に何か手落ちがあったとすれば、それはリリスを任命した僕の責任でもあるな」
オズフリートがそう口にした途端、威勢よくリリスを責め立てようとしていた者たちが怯んだ。
アンネの教育に関してリリスを糾弾することは、第一王子であるオズフリートの非を指摘するのと同義だと言われたのだ。
どうやらアンネを利用してリリスを蹴落とそうとする者でも、真正面からオズフリートを敵に回すような真似は避けたいようだ。
「それで何か? リリスの行いに不備でも?」
「いえ、その……」
先ほどまでの威勢を失い、アンネの取り巻きたちはしどろもどろになっている。
アンネが「早くしろ」とでもいうように視線を送っているが、彼らは視線を逸らしもごもごと何やら呟いている。
そんな彼らに冷たい一瞥をくれると、アンネは薄ら笑いを浮かべてリリスたちへ向き直る。
リリスは負けてなるものかと、目をそらさずにアンネを睨み返す。
――アンネを操っている奴を、早く見つけ出さないと……!
イグニスはこの近くにいるといっていた。おそらくその犯人も、この大広間の中にいるのだろう。
――誰、誰なの……!?
ちらりと周囲を見渡すと、会場の者たちは皆固唾をのんでこちらの様子を見守っているようだった。
こうしてみると、誰もかれもが怪しく見えてくる。
――もっとアンネを挑発して、尻尾を出させないと……!
取り巻きたちはすっかり意気消沈しているが、こちらを見据えるアンネの瞳は余裕の色を失ってはいない。
――まだやる気ね。いいわ、受けて立とうじゃないの……!
リリスは毅然と胸を張り、何者かに操られたアンネに向かい合った。
「うふふ、どうでしょうか、皆さま。私の聖女様への教育が、適切なものではなかったと?」
「い、いえ……」
あらためて取り巻きたちへそう問いかけると、彼らは一様に口ごもる。
一周目の時のように激しくリリスを糾弾する者は……誰もいない。
「あらあら聖女様、今の言葉をお聞きになりました? どうやら取り巻きの皆様方は、私のあなたへと教育が適切だったとおっしゃるようですけど」
「あなたが、無理やり脅してそう言わせているだけでしょう……!」
とても聖女らしいとは言えない低い声で、アンネがそう呟く。
その反応に、リリスはふふんと余裕の笑みを浮かべた。