8 いざ詩作朗読会へ!
いよいよ今日は待ちに待った詩作朗読会の日だ。
リリスは戦いに赴く戦士のような心持ちで、王城へと足を踏み入れる。
すると待ち構えていたように……というか実際に待ち構えていたのだろう。一人の令嬢が柱の影から姿を現した。
「ご機嫌よう、フローゼス公爵令嬢。今日も令嬢の変な……おっと失礼。独創的な詩を楽しみにしておりますわ!」
――出たわね、陰口嫌味女! ふふ、あなたも私の復讐リストに入っているのよ……!
彼女はウェルガー伯爵令嬢ウェンディ。オズフリートの婚約者に立候補し、リリスに蹴落とされた令嬢のうちの一人だ。
その件で恨みを抱いたのか、一周目の彼女は何かにつけてリリスの言動をさりげなく馬鹿にしてくる嫌味な少女だった。
負け犬の遠吠えとはいえ、度重なれば気に障る。リリスはいつも、ピーチクパーチクやかましい彼女にイライラさせられていた。
ウェンディとリリスの仲ははっきりいって最悪だ。目と目が合えば、即バトルが始まるのである。
「あら、ウェルガー伯爵令嬢。今日も羊の毛みたいな巻き毛がとても素敵よぉ」
「なっ!?」
リリスが彼女の髪について言及すると、途端にウェンディはうろたえた。
その反応に、リリスはにやりと笑う。
――ウェンディは強烈な天然パーマなのを恥じ、何とか誤魔化そうといつも四苦八苦している。
これは、リリスが13歳の時に手に入れた情報だ。
どうやら二周目の今の時点でも、ウェンディとの戦いにおいての切り札となりえる情報だったようだ。
「あなたの詩も楽しみだわ。それでは後でね」
サラツヤストレートヘアをなびかせながら、リリスは最大限に厭味ったらしくそう告げる。
そのまま、顔を真っ赤にして悔しがるウェンディを放置してその場を後にした。
リリスは内心平静を装っていた。だが、その心中では盛大な戦勝パレードが開かれていたのである。
――……あはは! あのウェンディの顔ったらざまぁないわ!! 散々私を馬鹿にした罰よ。あぁ、次はどうしてやろうかしら……!
会場となるのは王子宮に隣接する季節の花々が咲き誇る庭園だ。
リリスがたどり着くと、そこには既に多くの同年代の貴族子女たちが集まっていた。
――あいつも、あいつも……一周目で私を馬鹿にした奴らがたくさん! ふん、そうやって調子に乗ってられるのも今のうちよ!
ウェンディへの煽りなど序の口だ。あくまで今日の本番は、この後に待ち受ける詩作朗読会なのである。
リリスが魂を込めて作りだした渾身の詩を披露すれば、皆泣いてひれ伏し、今までの愚行を詫びるに違いない。
「ねぇイグニス。あなたもちゃんと私の雄姿を目に焼き付けておくのよ」
「あー……泣いて帰って来た時はたくさんケーキ作ってあげるんで、安心して玉砕して来てください。特別に俺の胸も貸してあげるんで」
「あなたはもうちょっと私を信じなさい!!」
完全に失敗前提で話すイグニスの頬をぎゅっと抓っていると、不意に背後から聞き覚えのありすぎる声が聞こえてしまった。
「リリス、よく来てくれたね」
げげっと振り返ると、そこには案の定、にっくき婚約者がニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべて立っていたのだ。
今日の彼は剣を持っていない。そのせいか、リリスも前回よりは落ち着いて彼に向かい合うことができた。
「今日も君は綺麗だね。誰よりも輝く僕の一番星」
「は???」
寒々しい呼び方にぞぞっと鳥肌が立ってしまう。
頭沸いてるんですか、と思わず口を突いて出そうになってしまったが、慌てて背後からイグニスが口を塞いできたので、何とか事なきを得た。
「ほらお嬢様! 殿下はもう詩作朗読会の準備ばっちりですよ!! お嬢様も腕が鳴りますね! ね!!」
なるほど、先ほどのふざけた呼び方は詩作朗読会の前振りだったらしい。
あぶないあぶない。危うく殺意ゲージが上がってしまう所だった。
「そういうことでしたのね。……ご機嫌麗しゅう、私の小さな王子様」
公爵令嬢の名に恥じない見事な仕草で、リリスは淑女の礼をとった。
その優美な動きに、周囲の視線が吸い寄せられる。
詩作も勉学も壊滅的なリリスだが、礼儀作法だけは公爵令嬢という立場に恥じないほどみっちり仕込まれている。
普段リリスを馬鹿にしている者たちでさえ、今のリリスにケチをつけることはできなかった。
愛情をこめて恥ずかしい呼び名で互いを呼び、見つめ合う麗しの王子と公爵令嬢。
事情をよく知らない者は、なんてお似合いのバカップルだろうと口々に褒め称えた。
だが、そんな評価とは裏腹にリリスの瞳に宿るのは、恋い焦がれる相手に対する熱情ではなかった。
今も変わらずに燃え盛る、復讐の炎だったのだ。
――待っていてください、オズ様。……必ず、あなたに復讐をいたします。
熱心にオズフリートを見つめるリリスの様子に、周囲の者たちは色めき立つ。
「まぁ、殿下とリリス様を見てごらんなさい。あんなに情熱的に見つめあって……」
「あれ、フローゼス公爵令嬢の一方的な恋慕だって聞いたけど」
「なんにせよ、公爵令嬢が殿下にベタ惚れだって噂は本当だったのね」
幸いなことに、そんな小さな囁きはリリスの耳には届いていなかった。
もし本人に届いたら、どれだけ怒り狂うことだろう。
やつあたりでいったい何人の使用人の首が飛ぶことか……と想像し、イグニスはやれやれと肩をすくめた。