87 夜明けの聖女と宵闇の魔女
「ドレスよし、化粧よし! ……いけるわ!」
今日はいよいよ、聖女アンネのお披露目の夜会の当日だ。
リリスは早くからアンネを公爵邸に呼び、念入りにドレスアップを施すことにしていた。
「リリス様、とっても素敵です!」
一足先にドレスアップを済ませたリリスが姿を現すと、今日の為にいろいろ準備をしてくれていたレイチェルは、感激のあまり目を潤ませた。
「ふん、中々いいじゃないか。と、特に……ドレスのデザインが素晴らしく――」
「そうですよね、ギデオン様! このドレスをデザインしてくださった方はそれはもう、新進気鋭の将来有望な若手のデザイナーで――」
「お、おう……」
呼んでもないのにやって来ていたギデオンは、いつになく熱の入ったレイチェルの解説に押されている。
今のはおそらく、ドレスのデザインに協力したレイチェルの手腕を褒めようとしたようだが……どうやら、本人には通じていないようだ。
それでも、ギデオンとレイチェルの間で、ここまで長々と会話が成立するのは珍しいのだろう。
ギデオンは頬を染め嬉しそうにしている。
まぁ、0.75歩くらいは前進してるのかしら……とため息をつきつつ、リリスはあらためて自身の姿を鏡に映す。
今回リリスが身に纏うのは、青系統の色を中心としたどちらかというと落ち着いた色合いのドレスだ。
胸元から腰にかけてはラピスラズリのような美しい瑠璃色。
腰元から裾にかけては少しずつ色を変えたフリルが幾重にも連なっており、上から下に向かうにつれて、瑠璃色から淡い青色へと鮮やかなグラデーションを描いている。
銀糸や細やかなビーズで精巧な刺繍が描かれており、まるで夜空に浮かぶ無数の星のようにキラキラと輝いている。ドレス全体は落ち着いた色合いでありながら、決して暗いイメージは抱かせない。
リリスの銀色の髪との調和も見事だった。
「リリス様のイメージは“夜の女神”です。穏やかに皆を見守る慈母のごとき女神――まさに、リリス様にぴったりです!」
この場にいるレイチェル以外の者は「いったいリリスのどのあたり穏やかな慈母の要素があるのか」と思ったが、誰もそんな野暮なことは口にしなかった。
乙女の夢を壊すのは重罪なのである。
「アンネ様とも、対になるようなイメージで……あっ、アンネ様もいらっしゃいましたわ!」
ちょうどその時、リリスから少し遅れてアンネも姿を現した。
普段はどちらかと言うと質素な装いのアンネの着飾った姿に、リリスは思わず息を飲んだ。
美しく化粧が施された顔は、いつもはあどけない印象の強い彼女を、随分と大人びたイメージへと変えていた。
身に纏うドレスのデザインは、リリスとほぼ同じ。
だが、リリスが青い系統の色でまとめられたドレスを身に纏っているのに対し、アンネの身に纏うのは鮮やかな赤だった。
胸元から腰にかけては目の覚めるような朱色。腰元から広がるフリルは薄紅色、杏色、桜色……とグラデーションを描き、どこか春の息吹を思わせる明るい色でまとめられていた。
あちこちに花の形を象った飾りが縫い付けられ、まさに豊穣をもたらす聖女といった風格を醸し出している。
――この子……それなりの装いをすれば、映えるじゃない……!
普段のアホっぽさは鳴りを潜め、今のアンネはまさに人々を導く聖女、と言われても納得できてしまう。
衣装の力って絶大ね……と、リリスはあらためてレイチェルの手腕に感心した。
「アンネ様は、リリス様と対になる“暁の女神”のイメージです! 王国の未来に光をもたらす聖女様として、明るい印象を与えるようにしました!」
レイチェルの解説に、集まっていた使用人たちが感心したようにパチパチと手を叩く。
皆の称賛を受けて、アンネは恥ずかしそうにはにかんでいた。
「中々似合ってるじゃない、アンネ。見違えたわね」
リリスは素直にそう声を掛けた。
すると芋娘は「本当だが!? たげ嬉すい!」などとはしゃぐかと思ったが……彼女は、穏やかに微笑み完璧な淑女の礼を披露して見せたのだ。
「お褒めいただき光栄です、フローゼス公爵令嬢」
「え、えぇ……頑張りなさい……?」
予想外の反応に、リリスの方が戸惑ってしまう。
――今日は大事なお披露目の日だし、気合を入れてるのかしら? 本番には強いタイプだったとか……。
穏やかにレイチェルと会話を交わすアンネを見つめながら、リリスはどこか違和感を覚えずにはいられなかった。