85 真なる聖女の誕生
「あああぁぁぁぁぁ!!!」
経験したことのない頭が割れるような痛みに、アンネは悲鳴を上げてその場にうずくまる。
痛い、痛い、頭が割れそうだ……!
まるで何かが無理やり頭の中に入ってくるような不快感と激痛に、アンネの瞳からぼろぼろと涙が流れ落ちる。
「ミリ、アさ……たすけ――」
助けを求めるように手を伸ばすと、ミリアはそっとアンネの手を握ってくれた。
そして、恍惚とした表情で囁く。
「これは浄化です、聖女様。あなたが苦しむのは、あなたの中に俗世の穢れが残っているからです。抗わず、心を明け渡せば……その苦痛からも解放されますわ」
……何を、言ってるのだろう。
呆然とするアンネの頭に、ミリアはそっと手を伸ばした。
優しく頭を撫でながら、彼女は慈母のような笑みを浮かべて囁く。
「穢れを捨て去れば、あなたはこの国を導く真の聖女となれる。さぁ、私にすべてをゆだねて」
蠱惑的な囁きが、頭を、心を侵食していく。
アンネと言う存在が、丸ごと暴かれ、白く塗りつぶされていくようだった。
――いやだ、助け……リリスさん……!
押し寄せる痛みと恐怖に、アンネが心の中で救いを求めた相手は……あの気高い公爵令嬢、リリスだった。
彼女と過ごした時間は、アンネにとってかけがえのない宝物だった。
礼儀作法を、ダンスを教えてくれた。リリスやレイチェルと食べたケーキは、頬がとろけそうになるほど美味しかった。
小さな村の中しか知らなかったアンネにとっては、何もかもがキラキラと輝いて見えたのものだ。
――嫌だ、消さないで……!
どんどんと、アンネの記憶が、人格が、存在が塗りつぶされていく。
最後の力を振り絞って、アンネは消されたくない大切な思い出を、心の奥深くへと仕舞いこんだ。
――また、リリスさんとバーベキュー……したかっ……。
ぶつり、と思考が途切れるように、「アンネ」という存在は深い眠りについた。
◇◇◇
意識を失ったアンネを抱き上げ、ミリア――聖天使レミリエルは恍惚とした笑みを浮かべた。
「一時はどうなることかと思いましたが……やはり、こうなる運命でしたね」
“前回”に比べて随分と手こずってしまったが、アンネは真の聖女――レミリエルの器となった。
これでアンネをレミリエルの意のままに操ることができる。
この国を、正しく導くことができるのだ。
「あとはオズフリートと……あの魔女ですか。人間の情とは厄介なものですね」
王子であるオズフリートと真の聖女であるアンネが結ばれれば、この国をもっとも良い方向へ導くことができる。
だというのに……何故オズフリートは、レミリエルの意に抗おうとするのだろうか。
リリス・フローゼスという人間は、レミリエルの計画の邪魔でしかない存在だ。
彼女には何もかもが欠けている。彼女が王妃となった暁には、この国は腐敗の道へと墜とされてしまうだろう。
そんなのは、レミリエルには耐えられなかった。この国の守護天使として、何としてでも避けなければならない未来である。
だから、一度……レミリエルはリリスを表舞台から排除した。
彼女を排除し、レミリエルの器たるアンネをオズフリートと結ばせることで、この国は真にあるべき方向へ進むことができる。
実際に、計画は上手くいった。これで、この国は末永く幸福に包まれる……はずだった、のに。
「まさか、“時戻し”を行うなんて……いったい何がそこまで、オズフリートを駆り立てたのでしょうか」
今週は月、水、金に更新予定です!
先月投稿した短編の、連載版を始めました
→「【連載版】シンデレラの姉ですが、不本意ながら王子と結婚することになりました」
(https://ncode.syosetu.com/n6122go/)
サクサク進めていく予定なので、お暇なときにでもお読みいただけると嬉しいです。