83 新たな教育係
リリスは別に、オズフリートの心配するように体調が悪いわけではなかった。
だが、心の準備を整えるためにアンネの教育係は数日お休みを貰っておいた。
そして再び出仕する日が来たのだが……。
「じゃあそこの曲がり角、確認して!」
「うぃーっす。……よし、王子はいないぞ」
「ご苦労、次へ進むわよ!」
まるで何かから隠れるようにこそこそと王城を進む公爵令嬢に、周囲から奇異の視線が突き刺さる。
だがリリスはそんな視線をものともせずに、「オズフリートに見つからないようにアンネのレッスンに向かう」というミッションを遂行中なのであった。
――だって……またオズ様に会ったら、どうなるかわからないんだもの……!
復讐をやめると決めた今でも、彼に会えばきっと殺意があふれ出してしまう。
殺意がリミットブレイクした結果、どんな醜態を晒してしまうかわからないのだ。
だから、オズフリートには会いたくなかった。
「はい、次の回廊は長いから気を付けて! うっかりオズ様と遭遇なんかしたら、来月の給料を減給してやるんだから!」
「はぁぁ? それは横暴じゃねぇの!?」
「嫌だったらキリキリ動く!」
イグニスを斥候として放ち、リリスは用心深く辺りを見回す。
――……もう! 私がこんなに警戒しなきゃいけないのも、何もかもがオズ様のせいだわ!
心の中で盛大に八つ当たりしつつ、リリスはこそこそとアンネの元を目指すのだった。
◇◇◇
「「ミッションコンプリートォォ!!」」
「どうすたの!?」
這う這うの体でレッスン室になだれ込んだリリスとイグニスに、中で待っていたアンネが慌てたように声を掛ける。
リリスは慌てて立ち上がり、優雅に髪を払って見せた。
「あら、何のことかしら? 覚えておきなさい、アンネ。淑女はどんな時でも、優雅に華麗であらねばならないのよ」
「おぉ……!」
とても優雅とは言えない入室方法だったことなどなかったかのように、リリスは凛とした立ち姿を披露している。
その姿に、アンネはキラキラと目を輝かせた。
まるで子犬のような瞳のアンネにちらりと視線を遣り、リリスは少し不思議に思った。
――こうしてアンネが目の前にいても、オズ様の時みたいに殺意は湧いてこないのね……。
やはり何年も、オズフリートの前で殺意を封じ込めていた影響だろうか。
それとも……。
――もしかして……オズ様の前でおかしくなってしまうのは、殺意じゃない…………?
そう考えかけた、時だった。
部屋の隅からクスクスと笑う声が聞こえて、リリスははっと意識を現実に戻す。
慌てて声の聞こえた方向に視線を遣ると、そこには見慣れない女性が立っていた。
「ご歓談中失礼いたします、フローゼス公爵令嬢」
年のころは二十代くらいだろうか。艶やかな金髪が印象的な、美しい女性だ。
しずしずとこちらへ歩いてくる彼女は、神官服を身に纏っている。
間違いなく、神殿の者だろう。
「あらたにアンネ様の教育係を拝命いたしました、ミリアと申します。お会いできて光栄です」
なるほど、彼女があのシメオンの次の教育係か。
そう言って静かに礼をした女神官からは、初めてシメオンと会った時のような、嘲りの念は感じない。
だが念のため、リリスは彼女を挑発してみることにした。
「あなたが次の教育係? 前のシメオン神官はそれはそれは酷かったわ! ……今回は、大丈夫かしらね」
嫌味全開でそう言ってみせると、神官ミリアは切なげに眉を寄せた。
「その節は大変失礼いたしました。シメオンは教育係の任を解かれ、聖女様との接触も最小限に控えさせていただいております。神殿の意向としましても、二度とあのようなことがないように全力を尽くさせていただく所存でございます」
その痛ましげな表情は、とても嘘をついているようには見えない。
彼女は、少なくともシメオンのようにアンネを乱雑に扱ったりはしないだろう。
――やっぱり、あれはシメオンの独断……というか暴走だったのかしら。
ちらりとアンネに視線を遣ると、彼女は嬉しそうに頷く。
「ミリアさんはたげ優すいふとで、リリスさんの話もよぐするんだよ」
「えぇ、フローゼス公爵令嬢のお噂はかねがね」
顔を見合わせてニコニコと笑うアンネとミリアに、リリスは何故だかくすぐったく感じてしまう。
「私の話って、いったい何を話しているのかしら?」
「べ、別さ変な話じゃねよ!」
「ふふ、アンネ様はこの間のお茶会でのフローゼス公爵令嬢の行いを――」
「あー! その話は秘密にすてけ!!」
「何よ、そこまで言われると気になるじゃない!!」
逃げるアンネを追いかけつつ、リリスはいつもの変わらずに彼女に接することができた安堵を噛みしめていた。
77話「悪魔の囁き」と78話「闇堕ち令嬢、迷う」の間に一話投稿し忘れていたことに今更気づいたので、新しい78話として投稿させていただきました!
以降の話数を一話ずつ繰り下げました。
内容としてはリリスとイグニスが思い出話をしてるだけなので、読まなくてもストーリー上支障はないかと思われますが、読んでいただくとよりリリスの葛藤が分かりやすくなるかと思われます!
ご不便をおかけして申し訳ございません。




