79 闇堕ち令嬢、迷う
「……今度こそ私は、絶対に復讐を成し遂げて見せる」
今一度、リリスは自分に言い聞かせるようにそう口にする。
だって、自分はその為に死の淵から舞い戻って来たのだ。
そうだ。そうに決まっている……!
「前のお前は、あの聖女と王子のせいで死んだんだったな」
「そうよ! あの二人のせいで、私は――」
「じゃあお前を陥れた二人と、今の二人は同じか?」
「っ……!」
イグニスの問いかけに、リリスはとっさに目をそらしてしまった。
……本当は、もうずっと前から気づいていた。
ただ、見ないふりをしていただけだ。
「お前だってもう、わかってるんだろ。今の聖女と王子は、お前が復讐しようとしていた二人とは違う」
決定的な言葉を突きつけられ、リリスは唇を噛みしめた。
気づきたくなかった。知らない振りをしていたかった。
でも……二人に会うたびに、嫌と言うほど思い知らされるのだ。
――『それでも、僕が君を好きな気持ちは変わらないよ』
――『ふふ、リリスさんは優すいね』
一周目の世界で、リリスのすべてを奪った二人。
この二人に復讐を果たすことだけが、今のリリスの原動力だった。
そのはずなのに……どうして、もっと二人と一緒に居たいと思ってしまうんだろう。
「違う、私は復讐を果たすのよ……!」
思い出せ、あのすべてを奪われ、牢獄に閉じ込められた絶望の日々を。
情に流されまいと必死に抗うリリスの肩に、イグニスがそっと触れる。
「リリス……もう、自由になってもいいだろ」
その言葉に、リリスは思わず顔を上げてしまう。
「自由に……?」
「あぁ。俺がこんなこと言うのもあれだけど……復讐心に、囚われるな」
その言葉に、心臓がどくりと大きく音を立てる。
「……やめて。やめてやめてやめて!!」
頭を抱え、何もかもを拒絶するようにリリスは叫んだ。
嫌だ、認めたくない。
何が何でも、復讐を果たさなければ。さもないと……。
「私が殺されたのは! すべてを奪われたのは……仕方がなかったって言うの!? このまま、何もなかったかのように泣き寝入りしろって言うの!?」
「そうは言ってねぇだろ!」
「嫌よ、私は絶対復讐を果たすの! オズ様もアンネも、私の手で殺してやるんだから!!」
「リリス!!」
「だって、だって……そうじゃないと――」
深い絶望に飲み込まれそうになって、リリスはその場に崩れ落ちた。
もう、感情がごちゃごちゃになってどうすればいいのかわからない。
「ねぇ、じゃあ……私の一周目の人生って、なんだったの……?」
皆に馬鹿にされ、本当はずっと辛かった。
オズフリートの妃として、皆に認められたかった。
公爵令嬢として、王太子妃として、何よりも一人の人間として……どんな形でもいいから、幸せになりたかった。
……そんな願いは、すべて無駄だった。
馬鹿にされ、貶められ、奪われ、殺され……それが運命だったとでも言うのだろうか。
「教えてよ。私は……どうすればよかったの……?」
答えを求めるように、イグニスに縋りつく。
すると、暖かな体温を宿す手が背中に回り……労わるように、抱きしめられる。
「……つらかったな、リリス。お前は……よく頑張ったよ」
その声を聞いた途端、じぃんと胸が熱くなる。
ずっと、つらかった。悲しかった。
虚勢を張り続けていたその裏で……リリスはずっとただひたすらに、泣きたかったのかもしれない。
「私、私…………!」
ぽんぽん、と優しく背中を叩く手に、抑えていた感情があふれ出してしまう。
目の前の体にしがみつくようにして、リリスは大声をあげて泣いてしまった。