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7 闇堕ち令嬢、作戦を練る

「本日のスイーツはホワイトピーチムースでございます」


 イグニスが運んできた美味しそうなスイーツに、リリスは上機嫌でソファにふんぞり返った。


 毎日三時は、リリスのおやつタイムと決まっている。

 これはフローゼス公爵邸内の鉄則だ。

 もし少しでも遅れてしまえば、対応した使用人の首が飛ぶのは間違いない。

 そんな地獄のスイーツタイムの担当は、最近はもっぱらイグニスに任されていた。


「ふふっ、おいしそう! いっただっきまーす!!」


 待ちきれないとでもいうように、リリスはぱくりとフォークを口に運ぶ。

 そして次の瞬間、勢いよく吹き出した。


「なにこれ、しょっぱ!! まずい!!」


 リリスが口に運んだ甘くとろけるはずのホワイトピーチムースは、何故か異様にしょっぱかった。

 まさに天国から地獄。この世界にこんな不条理なことがあってよいはずがない……!

 想定しえないトラップに引っかかったリリスは、真っ赤になって怒り狂う。


「どういうことよ! 信じられないわ!! パティシエを呼びなさい、すぐにクビにしてやるんだから!!」

「あぁ、それ作ったの俺ね」

「お前かぁぁ!!」


 涼しい顔でそう告げた悪魔に、リリスは思いっきりフォークを投げつけた。

 ぱしり、と二本の指で難なくフォークを受け止めたイグニスは、リリスに向かってぱちんとウィンクを送ってくる。


「甘いはずのスイーツがしょっぱいなんて、斬新だろ?」

「スイーツの意味を辞書で引いてきなさい。まったく、物理的にあなたの首を刎ねてやりたいわ」


 まったく、悪魔の頭の中は理解できそうにない。

 どうもこの悪魔は、リリスをからかって喜んでいる節があるのだ。

 今すぐ叩きだしてやりたいところではあるが、復讐を成し遂げるためには彼の力が必要だ。

 今は、我慢の時なのだ。

 ……まぁでも、仕返しに今度彼の食事に激辛スパイスを投入してやろう。

 そう心に誓い、リリスはじとりと彼を睨む。


「作戦会議を始めるわ。そこに座りなさい」


 リリスの心を占めるのは、オズフリートたちへの復讐の念だ。スイーツのことはいったん忘れよう。

 もう一周目の時のように失敗するわけにはいかない。

 念には念を入れて、緻密な作戦を練り、必ずや復讐を果たしてみせようではないか。


「私、考えたの。前回は真っ先にオズ様を狙おうとして失敗した。だから今度は、小者から仕留めていこうってね」

「なんだ、やっぱりあの王子にビビってんだな」

「黙りなさい! そんなんじゃないわ!!」


 図星を突かれ、リリスは慌てて言い訳をした。

 今のオズフリートはどうも得体が知れない。率直に言えば、何となく恐ろしくて手を出すのがはばかられるのである。

 自身を裏切った彼への復讐の炎は今もリリスの胸で燃え滾っているのだが……できれば、もう少し後回しにしたいのも本音なのである。


「見なさい、このリストを」


 今やすっかりページが増えた「絶許復讐リスト」を手渡すと、イグニスは訝し気に眉をひそめた。


「なんだこれ、人の名前ばっかり書いてあるけど」

「私が復讐しなければならない相手のリストよ」

「多っ! お前ろくな人生歩んでこなかったんだな」

「黙りなさい!」


 バンッ、とテーブルを叩き、リリスは勢いよく立ち上がる。


「この国は腐敗してるのよ! だから私が地獄の底に叩き落してやるわ!!」

「ふーん、ちなみにこの『ウォーレス・デナム』って奴はお前に何したんだよ」

「あぁ、思い出すのも忌々しい……。そいつは私がダンスの最中にドレスの裾を踏んで転んだ時……私を笑ったのよ!」

「……お前、意外とみみっちいな」

「ふん、心無い悪魔には私が味わった屈辱なんてわかりっこないわ!!」


 第一王子の婚約者であり公爵令嬢たるリリスの失態を笑うとは、万死に値する愚行だ。

 決してみみっちくなどない。これは正当な復讐なのである。


「まずは、そのウォーレン・デニムみたいな小者を仕留めていくわ」

「名前間違えてんぞ。復讐相手だろ」

「覚えにくい名前してるのが悪いのよ」


 次にリリスは、テーブルの上の手紙を手に取る。


「それは?」

「オズ様から、詩作朗読会への招待状よ」


 詩作は貴族の教養の一つ。

 オズフリートもよく、同年代の貴族子女を招いて詩作朗読会を開いている。

 当然、婚約者であるリリスも招待を受けていた。


「ここに集まる奴らは……ことあることに私の素晴らしい詩を馬鹿にしたのよ!」


 あぁ、忌々しい一周目の世界で味わった仕打ちが蘇る……。

 リリスが渾身の詩を朗読するたびに、奴らはクスクスと笑い馬鹿にしてきたのだ。

 そのたびに、いったいどれほどの屈辱を受けたことか。

 気の弱いオズフリートは彼らを止めることもできなかった。今思い出しても腹が立つ。


「あの小者どもは私の立場と才能に嫉妬していたに違いないわ……! 今まではオズ様のこともあって抑えていたけど、今度こそは許さないんだから……!」


 復讐の時は来たり。

 今度こそ、正当な裁きを下してやるのだ……!


「ふぅん……で、どうするんだ? 会場に放火でもするのか」

「悪魔らしい陳腐な発想ね。そんなわけないじゃない。今度こそ……私の作った素晴らしい詩で奴らを打ちのめして、ぎゃふんと言わせてやるのよ!」

「…………え?」


 ぽかんとするイグニスには目もくれず、リリスは力説する。


「私には十五年分の知識と経験があるの。今度こそ全人類を唸らせるような素晴らしい詩が作れるわ!」

「……あー、そういうことね。完全に理解した」


 イグニスは一周目の世界で、何故リリスが周囲から軽んじられていたかを察した。

 彼女の感覚は少々人とずれている。しかも変なところでポジティブであり、自信過剰すぎるのだ。

 元々貴族令嬢にしては風変わりな人間だと思っていた。……そんなところを、気に入ったわけではあるのだが。


「目には目を、歯には歯を。奴らは私の詩を馬鹿にしたのだから、私の詩で復讐してやるわ。そうと決まればインスピレーションを磨かなきゃ。スイーツを作り直してきなさい」


 尊大な態度でそう告げるリリスに、イグニスは苦笑するしかなかった。

 ……間違いなく、今回の詩作での復讐とやらは失敗するだろう。

 まぁ、それもまた一興だ。

 イグニスは次にスイーツに仕込む隠し味を考えながら、静かに立ち上がった。

1話の前にプロローグを追加しました。(無計画ですみません!)


読まなくてもストーリー上支障はありませんが、少し未来のリリスたちの日常の話になりますので、是非読んでいただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[一言] リリスは、小説家には向いていないタイプの人間だったんですね! ちなみに、その”詩”とは……?ポエムか?……違うか。
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