78 認めたくなんてない
「お前、時間が巻き戻る前はレイチェルやギデオンと仲良くなかったんだったよな」
「仲良くないどころか……レイチェルとは話したこともないし、ギデオンの奴は会うたびに私に嫌味を言ってきてたのよ!? あぁ、腹立たしい……!」
一周目のリリスは、あの二人と気軽に話すような間柄ではなかった。
まぁ、あの二人以外でも親しい人間などいなかったのだが。
ギデオンは会うたび会うたび「お前はオズフリートの婚約者に相応しくないと」リリスを罵り、レイチェルとは話したことすらなかった。
それが今では、ギデオンは何故かリリスをライバル視(?)して、頻繁にフローゼス公爵邸に遊びに来ている始末。
リリスも仕方ないので、彼のことを「友人」と認めてやっても……まぁ、いいのではないかと思い始めている。
一周目のレイチェルに至っては、リリスの記憶の中にも「そういえばそんな子がいたかも……」くらいにしか残っていない。
かつての彼女は、ほとんど社交界に顔を出すことはなく、婚約者であるギデオンにも冷遇されていたのだろう。
――でも、今は……。
――『……はい。リリス様が望むのなら、ずっとこうして一緒にいさせてください』
その言葉通り、レイチェルはずっとリリスの傍に居続けてくれた。かけがえのない大親友だ。
今の彼女はどこに出しても恥ずかしくない淑女。王妃付き女官になるという夢を叶えるために、日々努力を続けている。
その姿に、リリスはいつも感銘を受けている。
「……二人とも、一周目の時と比べれば随分と変わったわ」
「あいつらだけじゃない。この屋敷の人間もそうだろ」
「そういえば……なんて言うか、昔よりも話しかけられたりするっていうのは感じるけど……」
「クビにしてやるわ!」と最後に口にしたのはいつだろう。
もう思い出せないくらい、かつては毎日のように口にしていたその言葉を、リリスはもう随分と口にしていなかった。
そのせいか、屋敷の使用人たちは今や気安くリリスに話しかけてくれる。珍しいおやつを差し入れてくれたり、カラテの稽古を付けてくれたり、日々世話を焼いてくれているのだ。
舐められているのでは……? と思わないこともないが、リリスは存外今の状態を心地よく感じている自分に気づいてしまった。
「それに……あの王子だって変わった。もう、認めろよ」
イグニスの静かな声に、リリスは口をつぐんで俯いた。
リリスの婚約者である王子――オズフリートは一周目でリリスを殺した最大の復讐相手だ。
彼に復讐する為に、リリスは再び同じ時を歩むことになったのだと信じている。
……信じて、いたのに。
――……駄目よ。だって、認めてしまったら――
認めたくなんてない。
オズフリートは変わった。リリスの復讐しようとしている、簡単に婚約者を捨て、殺した王子ではないのだと……絶対に、認めたくなんてないのだ。
だって、認めてしまったら……リリスの、この燃えるような復讐心は行き場をなくしてしまうのだから。