77 悪魔の囁き
「お辞儀はそれなりに様になって来たし、もっと言葉遣いのほうに力を入れた方がいいわね。あの子、いつまでたっても方言が抜けないんだもの」
「俺は好きだけどなー、方言女子」
「肝心な時に何言ってるかわからないようじゃ困るのよ。最近は多少はマシになったけど……社交の場に出たら一挙一動に文句をつけるような奴らばっかりなんだから! 今から備えておくに越したことはないわ!!」
一周目の苦い思い出の数々が蘇り、リリスはうんうん唸りながら聖女アンネの教育カリキュラムを記したノート――名付けて「聖女育成計画ノート」を開く。
リリスは聖女の教育係と言う大役を任されている。お披露目も近付いた今、ますます指導にも熱が入るというものだ。
いくら一周目の宿敵といえども、任された役目を投げ出したり、中途半端に放り出したりはしたくない。
アンネをリリスのライバルに相応しく育て上げ、正々堂々と叩きのめしてやるのだ。
――私のライバルに相応しくなるには……あとどのくらいかかるのかしら。
一度全体的な教育カリキュラムの見直しを行った方がいいのかもしれない。
真剣な表情で育成ノートに書きこんでいくリリスを、イグニスはじっと見つめているようだった。
「最近、復讐ノートよりそっちを開いてる方が多いよな」
「……これも、私の復讐の為に必要なことだから」
自分に言い聞かせるように、リリスはそう呟く。
すると、がたりとソファでダラダラしていたイグニスが立ちあがる音が聞こえた。
ふと傍らに気配を感じ、顔を上げる。視線の先のイグニスは、珍しく真面目な顔をしてこちらを見下ろしている。
「……なぁ、もうやめろよ」
悪魔は、静かにそう呟いた。
「…………え」
やめる……とは、いったい何を?
その言葉といつになく真剣な雰囲気のイグニスに気圧され、リリスはただ口をつぐむことしかできなかった。
「リリス、お前が死んで、時間が巻き戻って……どのくらい経ったかわかるか」
「四年と、少し」
「その間、色々あったよな。……覚えてるか?」
イグニスはふっと微笑む。
少し空気が和らいだのを感じて、リリスも口元を緩めた。
「えぇ、覚えてるわ。……何度もオズ様に殺されかかったりしたわね」
「それはお前の被害妄そ――まぁいいや。お前が自信満々で披露した痛い詩が、今では絶賛されてたりするから怖いよな」
「あれは、やっと皆が私の詩の良さに気づいたのよ! ふん、遅すぎたくらいだわ!!」
リリスは今でも自分の詩作のセンスに絶大的な自信を持っていた。
一周目で自分の詩が酷評されていたなどと、今でも信じられない。
偉そうにソファにふんぞり返るリリスに、イグニスは苦笑しながらも形の良い頭を撫でてやった。