76 あの日の誓いを
レイチェルと二人のお茶会は、リリスも心からリラックスできる貴重な時間だ。
「アンネ様のお披露目が決まりましたね。ふふ、楽しみです」
そう言って微笑むレイチェルに、リリスは小さくため息をつく。
「大丈夫かしら。はぁ、胃が痛い……」
「きっと大丈夫ですよ。だって、リリス様がついていらっしゃるんですもの」
聖女アンネの大々的なお披露目の為の夜会の日取りが決まった。
まだ時間はあるとはいえ、リリスは心配でならなかった。
……あの芋聖女はちゃんとやれるだろうか。もしも彼女がお披露目の場でひどい失敗などしようものなら、教育係であるリリスまで嘲笑されかねない。
――そんなのは我慢ならないわ! なんとしてでも、徹底的にあの子をビシバシしごいてやらないと!
「私も衣装や演出についていろいろ考えているんです。リリス様もアンネ様もお綺麗ですから、腕が鳴ります!」
レイチェルは嬉しそうに、手元のデザイン画に鉛筆を走らせている。
彼女のセンスの良さはリリスもよく知っている。リリスも新しい衣装を仕立てるときは、必ずレイチェルに相談するようにしているのだ。
楽しそうにこれからのプランを話すレイチェルを見ていると、リリスの胸は少しだけつきりと痛む。
――この先、私とアンネやオズ様が決裂したら、レイチェルは……。
優しい彼女は、きっと傷つくだろう。
そう考えると、ずきずきと胸が痛みだす。
俯いて胸を抑えるリリスに、レイチェルは驚いたようにがたりと立ち上がった。
「……リリス様? もしや、どこか痛むのでは――」
「いいえ、大丈夫よ」
「いえ、もしものことがあってはいけません! すぐにお医者様を!!」
「だ、大丈夫よぉ!」
慌てて駆け出そうとするレイチェルを、リリスは必死に制止した。
こんこんと早期受診の大切さを説くレイチェルに、リリスはくすりと笑う。
「ありがとう、あなたが心配してくれたからすっかりよくなったわ」
「リリス様、やせ我慢はよくありませんよ!」
「ふふ、今のはいざという時に夜会を抜け出す時のための演技だから。どう、うまかったでしょ」
「そんな、気づきませんでした……! さすがはリリス様!」
なんとか騙されてくれたレイチェルに安堵しつつ、リリスは再び彼女を座らせた。
「それで、お披露目の時はどんなドレスがいいかしら」
「リリス様とアンネ様でお揃いのデザインを……いえ、色などは対になるようにしてもいいかもしれません。中央に立つオズフリート様に、左右に並び立つリリス様とアンネ様……きっと、歴史に残る素晴らしい光景になります!!」
そう力説するレイチェルは、キラキラと輝いていた。
初めて出会った時の、おどおどした様子が嘘のようだ。
――レイチェル、私の初めてのお友達……。
この先、自分はどうなるかはわからない。
オズフリートとアンネに復讐を果たせるのか。
復讐を果たしたとして、その先に待っているのは……。
「リリス様!?」
思わず傍らのレイチェルにぎゅっと抱き着くと、彼女はうろたえたが、そっとリリスを抱きしめ返してくれた。
「……レイチェル。私……ギデオンの奴も、昔に比べたら割といい奴になったと思うわ」
「……? 確かに、ギデオン様は随分と優しくなられたような気がします」
ふわりと微笑むレイチェルに、リリスの胸はまたしても痛んだ。
「いざとなったらあいつを頼りなさい。いいわね?」
「は、はい……」
レイチェルは不安そうな顔をしていたが、それでも頷いてくれた。
その様子に、リリスはほっと小さく息をつく。
認めるのは癪だが……今のギデオンは立派な青年だ。
たとえリリスに何かがあって、レイチェルまで危険に晒されるようなことになっても、きっと彼女を守ってくれることだろう。
「……リリス様。どこにも、行かないでくださいね。『我ら生まれた日は違えども、死すときは同じ時を願わん』」
「……えぇ、わかっているわ」
かつて交わした姉妹の契り。
レイチェルが口にしたその言葉は、リリスもしっかりと覚えている。
だが、それでも……。
――あなたまで、地獄に連れて行きたくはないの。
心の中でレイチェルに謝りながら、リリスはそっと彼女の背を撫でた。




