74 王子の策略、天使の計略
「……というわけでして、あの神官の行いは許されざることかと思われます。いくら神殿の行いには不干渉が原則とはいえ、我が国の未来を担う聖女様をあのような環境に置いておくことが得策だとは思えません」
リリスは早速、あの神官シメオンがアンネに行った所業を、かなり誇張してオズフリートに報告した。
聖女アンネは復讐ノートの二番目に名前が載るほどの、絶対に復讐を果たさなければならない相手だ。
だからこそ、リリス以外の手で弱っている彼女など見たくはない。
自分の手で成し遂げてこその復讐である。邪魔者のシメオンにはご退場願いたいのだ。
神妙な顔でリリスの報告を聞いていたオズフリートは、憤るリリスを見てにっこりと笑う。
「やっぱり君は、アンネのことを気にかけてくれているんだね」
「違います! これはあくまで! 教育係としての意見ですので!!」
顔を真っ赤にして反論するリリスに、オズフリートは頬を緩ませている。
「オズ様! 笑っている場合ではないのですよ!?」
「ごめんね、でも君がそこまでアンネのことを気にかけてくれているのが嬉しくて」
「だからそうではないと……」
「大丈夫。君の言いたいことはよくわかったよ」
そう言ってオズフリートはまた笑みを浮かべたが、その目に冷徹な光が宿っていることにリリスは気が付いた。
「シメオンのアンネへの暴行については、君以外にも証人がいる。……先走ってこちらに乗り込んできたのが運の尽きだな」
「……オズ様?」
「リリス、貴重な意見をありがとう。やはり、君に教育係を頼んでよかったよ」
ふわりと笑うオズフリートに、リリスの鼓動が大きく音を立てた。
――別に、褒められて嬉しいなんて思ってないわ!
一周目のリリスは、ずっと周囲に馬鹿にされ続けてきた。
だから、こうして褒められるのにどうしても弱いのだ。
頬を染めて俯き、もごもごと言葉にならない言葉を発するリリスに、オズフリートはくすりと笑う。
「アンネのことはこちらで対処しよう。……大丈夫、第一王子の名にかけて、神殿の横暴を許したりはしない」
力強くそう告げたオズフリートに、リリスはほっとした。
これでアンネの安全は確保され……いやいや、そうじゃない。
――そうよ、いつまでもあの子にぴーぴー泣かれてたら困るもの! ただそれだけよ!!
目の前のオズフリートが、とてつもなく頼りがいがあるように見えてしまうのもきっと錯覚だ。
そう自分に言い聞かせ、熱くなった体を冷まそうとリリスは心頭滅却に徹するのだった。
◇◇◇
「この私が教育係を降ろされるだと!? いったいどういうことですか!!?」
「どういうこともなにも……君の態度は行き過ぎだと王室から申し入れがあったのだ」
「奴らは何もわかっていない! このままでは聖女様が堕落してしまうだけだ!」
「……シメオン、君の情熱と献身は認めよう。だが、はっきり言って君の行いは目に余るのだ。今日限りで、君は聖女様の教育係を外れてもらう。これは決定事項だ」
神官長からぴしゃりとそう告げられ、シメオンは血がにじむほど拳を握り締めた。
天使の声を聞くこともできないこの愚か者は、しょせん王家の狗だったようだ。
「王家は悪魔と契約した魔女に操られている! このままではこの国が――」
「……口を慎め、シメオン。それ以上妄言を吐くようなら、我々は君を背信者として罰しなければならない」
「この私が、背信者だと……?」
愚かな神官長は、まったく今の事態を理解していない。
あの邪悪な魔女の手から国を守れるのは、レミリエルの声を聞くことができる自分だけだというのに……!
「……承知いたしました。失礼いたします」
投げやりに礼をして、シメオンは足早にその場を後にした。
堕落した神官長は、王家の言いなりだ。
聖女アンネを教育係として完全なる聖女へ育て上げることこそが、レミリエルからシメオンに与えられた使命だというのに。
教育係を降ろされては、その使命が果たせなくなってしまう……!
「レミリエル! 我が主レミリエル!!」
地下の祈祷室で、シメオンはいつものようにレミリエルに語り掛けた。
計画が狂ってしまった。早く次の指示を仰がなければ……!
だが、返ってきた愛しい天使の声はいつもとは様変わりしていた。
『……シメオン、あなたには失望しました』
「レミリエル……?」
愛しい天使の冷たく突き放すような声に、シメオンの体がガタガタと震え出す。
『せっかくあれだけの地位につけてやったというのに、あんな失態を晒すなんて……』
「ち、違いますレミリエル……あの、邪悪な魔女……リリス・フローゼスのせいでっ!」
『あれだけあの魔女に気をつけなさいと言っていたのに、まんまと奴の計略に引っかかるとは、愚かとしか言いようがない』
「レミリエル、今一度お慈悲を……! 今度こそ、必ずやり遂げて見せます……!!」
シメオンは必死に愛しい天使に追いすがった。
天使のお告げなしでは、シメオンなどただの平凡な田舎の青年に過ぎない。
今までの地位も、賞賛も、何もかもを失ってしまうのだ。
だが、天使はもう微笑まなかった。
『シメオン、今までご苦労様でした。あなたは、もう必要ありません』
「あ、あぁぁぁぁぁぁ……。レミリエル! 私のレミリエル!! どうか応えてください!!」
シメオンは何度も何度も、声がかれるまで愛しい天使の名を呼んだ。
だが、天使が応えることは二度となかった。
姿を消し、六枚翼をはためかせながら、レミリエルは冷めた目つきで必死に自身の名を呼ぶ青年を見下ろしていた。
せっかく彼に天啓を授け、聖女の教育係という地位につけてやったのに。
まんまと魔女の罠に引っかかるとは、しょせん彼も愚かな人間の一人でしかなかったということか。
……本当に、人間という生き物は愚かだ。
こちらが導いてやらなければすぐに過ちを犯し、堕落への道を歩んでしまう。
だったら、もっと厳重に管理しなくては。
この国を正しい方向に導くために、もっと強固な方法を取る必要がありそうだ。
『リリス・フローゼス……思った以上に手強い相手のようですね』
シメオンには聞こえないようにそう呟き、レミリエルは再び姿を消した。




