71 邪悪な魔女
「フローゼス公爵令嬢が、闇の魔女……!?」
天使の告げた言葉に、シメオンは信じられない思いで目を見開く。
第一王子の婚約者であり、宮廷魔導士の愛娘。
文武両道の才媛であり、淑女の中の淑女。
シメオンもリリスの存在は知っていた。
仲睦まじくオズフリート王子と微笑み合う彼女は、まるで神の祝福を一心に受けたかのような存在に見えていたのに……。
「そんな、まさか……」
『あれは美しい仮面を被った邪悪な存在です。あぁ、このままではこの国の未来が潰えてしまう……!』
「泣かないでください、レミリエル!」
愛しい天使が悲嘆に暮れている、あの邪悪な魔女のせいで!!
シメオンの中で、一気にリリス・フローゼスへの憎しみが膨れ上がる。
そんな感情の変化を察知したのか、レミリエルは優しげな声でシメオンに語り掛けた。
『シメオン、私の愛し子……。どうか落ち着いて』
「取り乱してしまい申し訳ありません、レミリエル」
『彼女は狡猾な魔女です。下手な手を打てば、あなたまで消されてしまう……。少し前に、神殿の上の者たちが大勢凋落したのを知っているでしょう。あれは、リリス・フローゼスが仕組んだことなのです』
「っ……! まさか……」
いや、考えればおかしな話ではない。
神殿の上層部の者たちが破滅したきっかけは、リリス・フローゼスが関わった春告祭での不手際なのだから。
それが、彼女が仕組んだものだったとしたら……。
『闇の魔女は着々と邪魔者を消し、この国を手中に収めようと企んでいます。彼女が王妃の座についてしまった暁には……あぁ、考えるのも恐ろしい!』
「教えてくださいレミリエル! いったいどうすれば、あなたの憂いを取り除けるのですか!」
『……今は、息を潜め力をつけなさい。今から三年ほど後に……救世の聖女が現れます』
「救世の聖女……?」
『えぇ、彼女こそがこの国を悪魔の手から救う最後の鍵なのです! シメオン……その聖女を導くことこそ、あなたの役目、あなたの使命……あなたにしか、できないことなの』
レミリエルの甘美な囁きで、心の中が恍惚で満たされていく。
愛しい天使が頼れる相手は、自分しかいないのだ!
「必ず、やり遂げて見せます……!」
国の未来も聖女もどうでもいいが、愛しの天使を悲しませる邪魔者だけは何としてでも排除しなければ。
全ては、愛するレミリエルの為に。
それからシメオンは、前にもまして精力的に神殿での活動に励むようになった。
その結果、リリスの策略でぽっかり空いた地位を埋めるために、シメオンは18歳という異例の若さで神殿の上層部に食い込むことができたのだ。
あっという間に月日は過ぎ、遂にレミリエルが告げた運命の日がやって来る。
『明日、救世の聖女降臨の神託が大々的に下されることでしょう』
「はい、準備はできております」
『聖女は無垢な存在。油断すればすぐに外界の穢れに染まってしまう。だからこそ、あなたが彼女を導き育ててやらなければなりません』
「すべては、あなたの指示通りに、レミリエル」
『きっとリリス・フローゼスもあなたの邪魔をしようとすることでしょう。シメオン、彼女を侮ってはいけません』
レミリエルの目論見通り、シメオンは聖女アンネの教育係に抜擢された。
初めて会った聖女アンネは、とても「救世の聖女」らしいとは思えなかったが……問題はないだろう。
厳しい教育を施し、今までの穢れを削ぎ落し、まるで生まれたばかりの赤子のように無垢な存在となったところで……シメオンの願いは成就する。
彼女を「真の聖女」――聖天使レミリエルの器へと作り替えることこそが、シメオンに与えられた使命。
その為には今までのアンネの人格など邪魔なだけだ。
だが彼女から「個」を削ぎ落そうと厳しい聖女教育を施しても……何故か、アンネは自分を見失うことはない。
少しずつ、シメオンは焦りを感じ始めていた。
これでは、愛しい天使の願いを叶えられなくなってしまう……!
「……あいつが、邪魔をしているのか」
シメオンと同じように、聖女の教育係に就任した魔女――リリス。
きっと彼女が、聖女を堕落させようとしているに違いない。
「早く、次の手を打たなければ」
全ては、愛しいレミリエルの為に。
次なる一手を打つために、シメオンは一人祈祷室を後にした。




