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67 百聞は一見にしかず

 リリスのスパルタダンスレッスンは続いた。


「ほらっ、そんなにドタドタ動かないの! もっと軽やかに!!」


 アンネのダイナミックすぎる動きを矯正するのには、リリスもてこずった。

 しかし体力や運動神経は申し分ない。きちんと鍛えてやれば、見事な成長を遂げるだろう。


「随分と頑張ってるみたいだね」


 今日は公務の合間を縫って、オズフリートが様子を見にやって来た。

 さぁ、私が聖女をしばきたおしてるのに文句を言うなら言いなさい!……と身構えていたが、彼はいかにも微笑ましい光景を見るような表情を崩さない。


「アンネ、調子はどうだい?」

「たげ難すいばって、リリスさんがすっかり教えでぐれるはんでけっぱります!」

「『フローゼス公爵令嬢!!』」


 まったく、油断をするとすぐこれだ。

 ガミガミとアンネの口調を注意していると、こちらに近づいてきたオズフリートがそっとリリスの肩に触れた。


「アンネはまだ、社交界のダンスがどういうものなのかよくわかっていないみたいなんだ。一度、僕たちで通して見せてあげたらどうかな」


 思わずアンネの方に視線をやると、彼女はオズフリートの言葉に同意するようにぶんぶんと頷いている。


 ――確かに、口でとやかく言うよりも、実際に見て雰囲気を感じ取ってもらった方がいいのかもしれないわ。


 アンネと関わるようになって気づいたのだが、彼女は理論よりも感覚で覚えるタイプの人間だ。

 実際に社交界のダンスとはこういうものだと、見せてやるのは効果があるだろう。


「イグニス、適当に一曲弾いてもらえるかしら」

「仰せのままに、お嬢様」


 リリスの指示を受けて、イグニスはどこからともなくバイオリンを取り出した。

 器用な悪魔は奏楽もお手の物だ。

「あいつの演奏は公害レベル」と散々馬鹿にされたリリスからすれば、羨ましいほどである。

 軽くチューニングを行った後、イグニスが奏で始めたのは、ゆったりとしたワルツだ。


「それでは、お手をどうぞ。僕の姫君」

「えぇ、喜んで」


 不本意ながらリリスは、幼い頃から何度もオズフリートのダンスパートナーを務めてきた。

 こうして彼の手を取るのももう慣れたものだ。

 だがあまりこういった光景に馴染みがなかったアンネは驚いたようだ。

 リリスとオズフリートゆっくりとステップを踏み始めると、彼女は頬を紅潮させ目を輝かせた。


「いい、アンネ。しっかりと目に焼き付けるのよ!」

「わがっ……承知いたしました!」


 イグニスの演奏に合わせ、リリスとオズフリートはゆったりとワルツを踊る。

 リリスも公爵令嬢。様々な相手と踊る機会はあれど、悔しいことに彼が相手の時が一番踊りやすいことは否定できなかった。

 ダンスの最中に、彼はそっと顔を近づけ小声で囁く。


「アンネのこと、随分気にかけてくれてるみたいだね」

「教育係を拝命いたししましたので、当然のことです」

「ありがとう、リリス。アンネも君がいてくれて心強いはずだ」


 嬉しそうに笑うオズフリートに、リリスは胸がむかむかして来てしまう。


 ――なによ……。やっぱり聖女アンネが現れたらそっちに乗り換えるつもりなのね!


 ――『それでも、僕が君を好きな気持ちは変わらないよ」


 あれは、やはり口からの出まかせだったのだろう。

 そう思うと、ひどく胸が痛んだ。

 婚約者の不誠実な一面を目にして、殺意があふれ出そうとしているのかもしれない。


「……あの子のことを気にかけているのは、私よりも……オズ様、あなたの方でしょう?」


 気がつけば、そんな言葉が口をついて出ていた。

 その言葉に、オズフリートは驚いたように目を丸くする。


「そんなに聖女様が気になるのなら、ご自分でダンスを教えて差し上げてはいかがかしら? その方が彼女も――」

「……リリス」


 言葉を遮るように名を呼ばれ、リリスはつい口をつぐんでしまう。

 すると、次の瞬間――


「君は可愛いね」

「っ――――!!」


 腰を抱く腕に力が籠ったかと思うと耳元で甘く囁かれ、リリスの全身がびくりと跳ねた。


「いっ、いきなり何をっ……」

「心配しなくても、僕はずっと君一筋だよ。僕の一番星(プリマステラ)

「嘘……嘘です!」

「嘘じゃないさ。どうすれば……君は信じてくれるのかな」


 するりと指先が軽く頬をなぞったかと思うと、ゆっくりとオズフリートの顔が近づいてくる。

 逃げようと思えば、止めようと思えば、きっといくらでも手はあったはずだ。

 それなのに……リリスは、ただ沸騰しそうな頭でぼんやりと、二人の距離が近づくのを見ていることしかできなかった。

 こつんと額が触れ合い、オズフリートがくすりと笑う。

 次の瞬間――



「はぁいカットォォー!!!」



 イグニスの謎の大声が響き、ぱっと我に返ったリリスは絶叫した。


「ひゃあああぁぁぁぁぁ!!?」


 いつの間に、こんなに接近していたのか!?

 何故、自分はなすがままだったのか?

 どうしてこうなった!!?


「ひゃあぁぁ……とんでもねもの見でまった……」

「いっ、今のは違うの! 忘れなさい!!」


 頬を染めてもじもじと俯くアンネに、全身を真っ赤に染めてぎゃんぎゃんと慌てるリリス。

 そんな二人の様子を見て、オズフリートはくすくすと笑っていた。



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[良い点] 攻めの殿下( ˘ω˘ )
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