64 因縁の再会
オズフリートからの呼び出しに応じて、リリスは正々堂々と王城を訪れた。
侍従に案内され約束の部屋の扉を開けた途端、目に入るのはずっと思い描いていた姿――。
肩のあたりまで伸びた栗色の髪に、深い森を思わせる緑の瞳。
救国の聖女アンネ――時間が巻き戻る前の世界で、リリスの運命を変えてしまった張本人だ。
……決して忘れることのなかった仇敵が、手を伸ばせば届く距離にいる。
――出たわね、聖女様が……!
ドキドキと高鳴る鼓動を感じながら、リリスは素知らぬ顔でオズフリートに問いかけた。
「オズ様、そちらの女性は……?」
「君も聖女降臨の神託は聞いているだろう。彼女はアンネ。例の聖女だ」
「まぁこちらの方が……!」
さも驚いたようなふりをして、リリスはじろじろと聖女――アンネを観察した。
そして気づく、確かな違和感。
――あれ、聖女って……こんなに芋っぽかったかしら……?
リリスの知っている聖女アンネは、いつもオズフリートの陰に隠れてばかりの、おどおどした――よく言えば儚げな雰囲気を持つ少女だった。
すぐに折れてしまいそうだとはいえ、確かに洗練された空気を纏っていたはずだ。
なのに今のアンネは……なんと言うか、全体的に野暮ったいのだ。
どこがと言うと困るのだが……、一周目の彼女が儚いスミレのような少女だとしたら、今の彼女はごろごろと実ったじゃがいものような、どことなく図太そうな雰囲気を醸し出している。
それに昔の彼女なら、リリスがこんなにじろじろと見つめれば恐ろしそうに顔を背けていただろう。
しかし今の彼女は、興味深そうに目を丸くしてこちらを見つめているではないか。
「あら何かしら。人の顔をじろじろ見るなんて、マナー違反ではなくって?」
自分の行動は棚に上げ、リリスはあえて挑戦的にそう言い放った。
もとより聖女と仲良くする気などない。
せいぜい惨めにオズフリートに泣きつくがいい。と思ったのだが……。
「こったらにめごぇふとは初めで見だ!」
「え?」
彼女の口から飛び出したわけのわからない言葉に、リリスは混乱した。
「あの、今何と……?」
「彼女は東のヴェルト地方の出身でね。今のはヴェルト弁だよ」
「かにな……! まだ都の言葉に慣れでいなぐで……」
「えぇ……?」
恥ずかしそうにぺこぺこするアンネに、リリスの混乱はますます深まった。
なんだこれは。……なんだこれは!
聖女にそんな一面があるなど初めて知ったのだが!!
「それで、あの……彼女は何とおっしゃいましたの?」
恐る恐るそう問いかけると、オズフリートは何故か嬉しそうに笑った。
「通訳させてもらうね。今のは……こんなに綺麗な人は初めて見ました、という意味だよ」
「はあぁぁぁ……!?」
いや待て。どうしてそうなった?
混乱するリリスを置いてきぼりに、オズフリートは今度はアンネにリリスの事を紹介し始めた。
「アンネ、彼女は僕の婚約者のリリスだ」
「婚約者ってことは……祝言上げだっきゃお妃様だが!? こったらにめごぇふとと結婚でぎるなんて幸せ者だね」
「はは、ありがとう」
――なんで通じてるの!!? というよりもなんなのこの空気は!
あのイラつくほどジメッとした聖女はどこに行ってしまったのだろう。
リリスが文句を言うたびに、オズフリートの影に隠れ、黙って瞳をうるうるとさせているだけのか弱い少女だったはずなのに。
何故和気あいあいとリリスの紹介などしているのか。挑発か? 挑発なのか!?
「リリス、見ての通り彼女はここに不慣れでね」
「……そのようですね」
こんなはずじゃなかったのに……と遠い目でたそがれるリリスに、オズフリートはとんでもないことを言い出した。
「聖女としての教育については神殿に一任することになるが、彼女にはそれ以外にも公の場に出るための教育が必要だと思うんだ」
「そうでしょうね……」
「だから……リリス、君に彼女の教育を任せたいと思う」
「………………んん??」
聞こえてきた言葉を頭で理解するのに、実に数秒を要した。
「年の近い君の方が、きっとアンネもやりやすいだろうからね」
「ちょっと待ってください! 私が、この芋娘の教育係ですって!!?」
「たのめすじゃ! リリスさん!!」
「ちょ……わかった! わかったから引っ付かないで!!」
必死な様子の聖女アンネに縋りつかれ、リリスは気づいたら首を縦に振ってしまっていた。
それほど、今の事態に混乱しきっていたのだ。
「それじゃあよろしく頼むよ」
「頼りにすてら、リリスさん!」
――どうして、どうしてこうなったのかしら……!
リリスの想定では、王子&聖女の極悪コンビに華麗に先制攻撃を決めてやるはずだった。
それなのに、何故! 芋聖女の教育係になど就任してしまったのか……。
「……帰ったら甘いケーキでも食べような」
イグニスに同情されながら、リリスはふらふらと帰路についたのだった。




