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63 聖女降臨

 運命が変わるその日、リリスは静かに公爵邸で復讐ノートを記していた。


「ふぅ……だいぶ復讐も進んでるわね」


 ずらりと並んだ人物名の横には、彼らの末路が記されている。

 この四年で、リリスは地道に自身を馬鹿にした者たちに復讐を続けてきた。

 時にバナナの皮で転ばせ、時にカツラを吹っ飛ばし、時に不倫を暴露し……。

 そして不思議なことにリリスが復讐をした者のうちの何割かが、要職を降ろされたり地方へ左遷されたり、中には家族にすら見捨てられ国外追放という者もいる。

 多くの者が、破滅の運命を辿っているのだ。


 特に、オズフリートとリリスが「天の王と花嫁」役を務めた際の不祥事に関しては……様々な理由をつけて、それこそ神殿の上層部が一新するほどの、大量の罷免が行われた。

 イグニスと共に祝杯を挙げたのは、今でもリリスの記憶にはっきりと残っている。 


「ふふ、私を馬鹿にしたりするから天罰が下ったのよ!」


 その「天罰」を下しているのが己の婚約者であるということに、リリスは気づいてはいない。

 リリスを蹴落とそうとする者たちは、大抵背後に後ろ暗い物を抱えている。オズフリートは秘密裏に彼らの裏を暴き、裁きを下していた。

 ……リリスには、気づかせないように。


「でも……本番はこれからね」


 一周目と同じであれば、今日……神殿にて聖女降臨の神託が下るはずだ。

 リリスの運命を変えた、憎きあの聖女がついに表舞台に姿を現すのだ。


「なぁ、神殿に行かなくていいのか?」

「行ってどうするの? 神殿を焼き尽くして神託ごとなかったことにする? それもいいかもしれないわね」

「ごめん嘘今のなし」


 イグニスはらしくもなく気を遣っているのか、朝からスイーツを量産してはリリスの元へと運んでくる。

 まるで女王アリにでもなったような気分だ。


「別にそんなに気を遣わなくても、私別に落ち込んだりしてないわ。むしろ……わくわくしてるのよ」

「え、なんで?」

「だって……やっとあの聖女に再会できるんだから! あぁ、どれだけこの日を待ちわびたことかしら!!」


 恍惚とした表情でがばりと立ち上がったリリスに、イグニスは少しだけ呆気に取られてしまう。

 ……なるほど。やはりリリスはリリスだ。しおらしく落ち込んだりしていたわけではないらしい。


「ふふん、聖女用に特別な復讐方法をたくさん考えてやったんだから!」


 イグニスに告げた言葉は嘘じゃない。

 リリスはこの時確かに、これまでにない高揚を感じていたのだ。




 夕方になると、父が慌てた様子で王城から帰還した。

 彼の口から聖女降臨の神託が下ったと聞き、リリスは気がつけば緩みそうになる表情を引き締める。


 ――さぁ、復讐劇の本番が始まるわ……!



 ◇◇◇



 神託の通りに平民の少女が「聖女」として見出され、神殿に保護されたらしい。

 父が側近たちと交わす会話を隣室から盗聴しながら、リリスはにやりと口元に笑みを浮かべた。


「いよいよね、イグニス。やっとこの時がやって来たわ……」

「公爵たち忙しそうだな。なんていうか空気が殺伐としてるし」

「そりゃそうよ。『時の王と聖女が婚姻を結べば絶大な加護が得られる』なんて伝説が残ってるのよ? 王太子のオズ様と年の近い聖女が揃ったら、どうあがいても結び付けようとする勢力は出てくるんだもの」


 まるで他人事のようにそう告げるリリスに、イグニスはふむ、と考え込んだ。


「なるほど。王子様はどうするんだろな」

「そんなの決まってるじゃない。私のことなんてポイッと捨てて、あの聖女といちゃつくに決まってるわ!」


 一周目の時に散々見せられた光景だ。

 あらゆる手を使ってリリスを遠ざけ、彼は隙あらばあの聖女とべったりしていた。

 あぁ、思い出すだけではらわたが煮えくり返る……!

 リリスは復讐ノートに記した数々の復讐を思い出し、何とか留飲を下げるのだった。






「オズ様から、私に……?」

「はい、明日……お城に登城するようにと」


 神妙な顔でメイドが手渡した書簡に、リリスは訝しげに眉を寄せた。

 聖女が神殿に保護されてから数日。リリスはオズフリートによって城に呼び出されたのだ。


 ――一周目の時は……こんな風に呼ばれたこと、なかったような……?


 いったい何の用なのだろうか。

 いや、春告祭のことを思い出せ。一周目とは異なる出来事が起こる可能性も大いにあるのだ。


 ――まさか、いきなり婚約破棄宣言とか? あり得るっ……!


 一周目と違い、何を考えているのかわからないオズフリートのことだ。

 何が起こってもおかしくはないだろう。

 むむむ……と頭を悩ませるリリスに、何を勘違いしたのかメイドがおそるおそる声を掛けてきた。


「あのっ、お嬢様……! ご安心ください! オズフリート王子殿下なら、決してお嬢様を裏切るような真似はなさらないはずです!!」

「そうですよ! もしそんなことになったら……」

「公爵閣下に頼んでお城にメテオを降らしてやりましょう!!」


 そんなことを口にするメイドたちに、リリスは思わず笑ってしまった。


「そうね……ありがとう」


 ――メテオを降らせるなんて……いいアイディアじゃない! 私も練習しよっと!


 新たな復讐方法を思いつき、口元に静かな笑みを浮かべるお嬢様を見て、メイドたちは「こんな状況なのに笑みを絶やさないなんて……なんて健気なお嬢様!!」と盛大に勘違いをこじらせていくのであった。

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