60 舞踏会の始まり
デビュタントボールの会場となるのは、王宮の中でもひときわ大きな大広間――「星夜の間」だ。
夜空のような紺碧の天井には、流星のようなシャンデリアがいくつも連なり、幻想的な空間を作り上げている。
既に星夜の間には、多くの者たちが集まっている。
やがてデビュタントたちの入場が伝えられ、人々の視線が一斉にホールの入口へと集まった。
真っ先にそこから姿を現したのは、この国の第一王子であるオズフリートと、彼にエスコートされ寄り添うように歩むフローゼス公爵令嬢リリスだった。
完璧に調和がとれた二人の姿に、見守っていた者たちは感嘆のため息を漏らす。
「やっぱりよくお似合いね……」
「まさに太陽と月ですね」
「リリス様のドレス……よく見れば王子殿下の目の色と同じじゃない? はぁ素敵……」
「オズフリート殿下はたいそうリリス様を大切になさってるって話だからな」
まさに王国の誉れとも呼ぶべき見事な光景だった。
集まった者たちは、輝かしい二人の姿に王国の明るい未来を思い描かずにはいられなかったのである。
◇◇◇
――うわ、めちゃくちゃ視線が突き刺さるんですけど……!
星夜の間に足を踏み入れた途端、四方八方から襲い来る視線の嵐に、リリスはさっそくげんなりしてしまった。
そもそもリリスは、デビュタントボールにいい思い出は無い。
一周目の時はあちこちからクスクスと笑われ、国王夫妻との謁見では緊張して挨拶の言葉を噛んでしまった。
極めつけはファーストダンスの際にオズフリートの足を踏んだ挙句、その場で転倒してしまったという恥ずかしすぎる出来事だ。
あの時は最悪だった。皆にクスクス笑われ、まさに穴があったら入りたい気分だった。
嫌な思い出がよみがえり、リリスは顔をしかめそうになるのをなんとか取り繕う。
「……緊張してる?」
「はひっ?」
急に横から話しかけられ、リリスはその場で飛び上がりそうになってしまう。
すると、オズフリートが優しくリリスの耳元で囁いた。
「何も心配することはないよ、君は君らしくいればそれでいい」
「私らしく……?」
「自然体が一番ってことだよ」
そう言ってにっこり笑うオズフリートにリリスは苦笑した。
――この状況で自然体はさすがに……オズ様の心臓には毛が生えてるのかしら?
なんてことを考えているうちに、あっという間に謁見の時間が来てしまう。
何とか噛まずに挨拶の言葉を述べ、ゆっくりと跪いたリリスに、国王夫妻から優しい声がかけられた。
「よく顔を見せてくれ、リリス。……ほぉ、しばらく見ない間に随分と美しく成長したものだ。オズフリートは果報者だな」
「フローゼス公爵も鼻が高いわね。リリス、私たちはあなたのことを娘のように思ってるの。困ったことがあったら何でも相談して頂戴ね」
嬉しそうの微笑む二人の姿を見ていると、胸が痛くなってくる。
彼らの優しさに甘えてしまいたい。……いや、どうせその優しさもすぐ無意味なものになる。
「聖女」が現れれば、リリスの何もかもが奪われてしまうのだから。
彼らの優しさも、すぐに取り上げられてしまうに違いない。
「……もったいないお言葉です、国王陛下、王妃陛下」
何とかそう絞り出すと、リリスはみっともなく転ばないように細心の注意を払って、壇上を辞した。
脇に引いて次のデビュタントがパートナーと共に進み出るのを眺めていると、そっとオズフリートから声を掛けられた。
「お疲れ様、素敵だったよ」
「いえ、まだダンスが残っていますわ。気を抜かないでくださいませ」
「はは、君は厳しいね」
嬉しそうに笑うオズフリートを見ていると、頬が熱を持ち始めたのがわかった。
この三年で、彼は身体的にも大きく成長した。婚約した頃にはリリスと同じくらいだった身長も、今や見上げるほどに伸びている。
日々ギデオン相手に鍛錬を行っており、しなやかな体躯には意外と筋肉がついているのだとか。(ギデオンが誇らしげにそう話しているのを小耳にはさんだだけなので、真偽は不明だが)
何と言うか全体的に、一周目の時の彼よりも、精悍さが増している……ような気がするのだ。
――困るのよ、そういうの……。
彼が一周目とまったく同じなら、心おきなく復讐を遂げられるのに。
一周目と現在との差異を見つけるたびに、まるで彼が別人になってしまったような気がして……心が戸惑ってしまう。
リリスは熱くなった頬を抑えて、はぁ……と熱い吐息を漏らした。




