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58 デビュタントの準備

 14歳を迎えたリリスは、大事な儀式を控えていた。

 それすなわち、正式な社交界デビューである。

 国王陛下に謁見し、その後の舞踏会で一人前のレディであると大々的にお披露目するのだ。

 社交界デビューは国中の貴族に注目されている一大行事。装いに手を抜くことなど許されはしない。

 今日もリリスとレイチェルはフローゼス公爵邸にて、仕立て屋と共にドレスのデザインに頭を悩ませていた。


「そうね……このデザインも悪くないけど、少しインパクトに欠ける気がするのよ」

「インパクト、ですか……」

「もう少し爆発力が欲しいのよね。例えば……片方の袖を引きちぎるとか」

「引きちぎる!!?」


 麗しき公爵令嬢の口から飛び出したファンキーな言葉に、仕立て屋は白目を剥いてしまった。

 泡を吹いて倒れそうな仕立て屋を見て、リリスの隣にいたレイチェルが慌てて軌道修正を施していく。


「思い切って片方の袖を引きちぎる気持ちで、アシンメトリーを意識したデザインにしてみてはどうでしょうか、例えば、こんな感じに……」


 レイチェルがうまくデザイン画に修正を入れ、それを見た仕立て屋はやっと意識を取り戻した。


「なるほど、これはまさにファビュラスですな!」

「社交界デビューはわが国の伝統行事です。今回のリリス様のドレスについては、伝統と革新を上手く調和させるような……そんな装いをお願いいたします」

「トレビアーン!!」

「ふふふ……これは物凄いのが出来そうね!!」


 レイチェルという有能な通訳のおかげで、何とかリリスのトンチキセンスをいい感じにドレスに落とし込むことが出来そうだ。

 別室に採寸に向かったリリスと仕立て屋を見送って、一連の様子を見守っていたイグニスは残されたレイチェルの元へ紅茶を運ぶ。


「お疲れさまでした、レイチェル様。いつもうちのお嬢様が苦労掛けて済みませんね」

「いいえ、リリス様はまさに神の御使いのように天性の才を秘めた御方……。陰ながらリリス様をお支えすることこそが、私の役目なんですから!」


 そう言って目をキラキラと輝かせるレイチェルを見て、イグニスは苦笑するしかなかった。

 この三年の間に、レイチェルのリリスへの憧れは崇拝レベルにまで進化してしまったのだ。


「今回のドレスは特に気合を入れたんです。なんて言っても、リリス様の大事な社交界デビューですから! リリス様お一人でも映えるようなデザインを意識しつつも、エスコートを務めるオズフリート殿下とのリンクコーデを意識して、お二人のお似合いっぷりを全力で見せつけるんです!!」


 嬉しそうに語るレイチェルを、イグニスは微笑ましい気分で見守った。

 初めて会った時はおどおどしてすぐに泣きそうになっていた彼女だが、今やどこに出しても恥ずかしくない立派な淑女だ。

 イグニスから見ればリリスよりも彼女の方が、よっぽど「淑女の中の淑女」という言葉が似合うように思うのだが……当の本人は、リリスのバックアップに全力を尽くし、自身が前面に立つ気はないようだ。


「そういえば、レイチェル様のエスコートはどなたがされるんです? あっ、ギデオン様ですか?」

「いいえ、お兄様にエスコートしていただくことにしたんです」

「へ、へぇ~。あの、ギデオン様は……」

「この間、バース伯爵令嬢がギデオン様にエスコートを頼んでいる場面を見ました。きっと彼女と一緒に出席されるのではないでしょうか」


 可愛らしく小首を傾げたレイチェルからは、少しの嫉妬の念も感じられない。

 負けるな、青少年……と本命にまったく意識されていないギデオンに同情しつつ、イグニスは紅茶のおかわりを注ぐ。


 リリスたちと同じく14歳を迎えたギデオンも、立派な貴公子へと成長していた。

 リリスというライバルがいるおかげか、常に上を目指し鍛錬を重ね、今や剣の腕は同年代では並び立つ者がいないほどだ。

 そんなギデオンに熱い視線を注ぐ令嬢も多いのだが……当の本人はレイチェル一筋であり、どれだけ秋波を送られても他の女性になびくことはない。

 しかし本命のレイチェルに対しては中々素直になれず……二人の関係は未だに小指の爪の先ほども進展していない。


 この前フローゼス公爵邸にやって来たときは、リリスに煽られ「デビュタントの際には絶対にレイチェルのエスコート役を務めて見せる!」……と息巻いていたが、どうやらうまくいかなかったようだ。


 ――あのやかましいガキ共も、いつの間にか大きくなったもんだな……。


 大人……と言うにはいささか早いが、リリスたちは立派に成長している。

 だがそれは、運命の時が近づいてきているということでもある。


 ――前にリリスが死んだのは15歳の時……。実際にあいつの転落自体はもっと早くから始まっていたはずだ。ということは、そろそろ……。


 運命の歯車が大きく動き出す時は、きっともうすぐだ。


「聞いて! 身長が二センチも伸びてたの!!」と嬉しそうにはしゃぎながら戻ってきたリリスを見て、イグニスは気がつけば緩みそうになる気を引き締めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「もう少し爆発力が欲しいのよね。例えば……片方の袖を引きちぎるとか」 何でパンク方向に行きたがるのかなぁ~? 前の時間軸の時の黒ドレスのことが意識の底にあるのでしょうか?
[一言] レイチェルはリリスのポンコツ具合をみて私がお支えしなければという路線かと思ってましたが、現世では理解が難しい神のお言葉を巫女としてお伝えしなければという通訳ポジションで笑いました。不憫枠のギ…
[一言] 周りがうまく誘導してくれた結果……( ˘ω˘ )
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