57 新時代の幕開け
新章開始です!
今日もオズフリート王子殿下主催の詩作朗読会は盛況だ。
王国の未来を担うであろう若者たちは、皆創意工夫を凝らして詩作に励んでいる。
「次は……フローゼス公爵令嬢の番ですね!」
その名が呼ばれた途端、会場内がざわついた。
だが、それは嫌なざわつきではない。集まった者たちは皆、進み出た少女に期待のまなざしを注いでいるのだから。
「それでは皆様、拙い詩ですがご清聴願います。タイトルは……『深紅の裁きを』」
その声が響いた途端、集まった者たちは一斉に歓声を上げたのだった。
「「ヒャッハー! リリス様の新作だ!!」」
◇◇◇
セレスティア王国の中で、リリス・フローゼスの名は広く知られている。
「昨日のリリス様の新作の詩……素敵だったわ」
「いいなぁ、私も生で聞きたかった!」
「オズフリート王子殿下の返詩も素敵だったのよ!」
「お二人が揃うと本当に絵になるのよね……目の保養っていうか」
国内随一の名家のご令嬢にして、第一王子の婚約者。
文武両道にして才色兼備。芸術やファッションのセンスにも優れ、宮廷の流行を牽引する一番星。まさに淑女の中の淑女。
王子殿下も婚約者である彼女を溺愛し、二人は公的な行事の場でも、勿論プライベートの場でも、非常に仲睦まじい様子を見せている。
「この前の舞踏会のドレス、見た? あんな斬新なデザインは初めて見たわ!!」
「あのドレスのデザイナーはもう一年先まで予約がいっぱいだそうよ」
「やだ、出遅れた!」
若い令嬢たちは皆リリスに憧れ、彼女の一挙一動を真似しようと必死になっている。
特にリリスの身に着けるドレスは、これまで目にしたことのないような斬新なデザインが多く、彼女が公の場に現れるたびに人々に新鮮な驚きをもたらしているのだ。
「今度のデビュタントには、一体どんなドレスをお召しになるのかしら……」
「リースリー侯爵令嬢もはりきってらっしゃるみたいだし、きっと最高傑作が見られるはずよ!」
「はぁ、楽しみ……」
頬を紅潮させ、口々にリリスを褒め称える乙女たちは知らなかった。
カリスマ公爵令嬢の偶像が、周囲の者たちのたゆまぬ努力によって必死に取り繕われている……砂上の楼閣であることを。
◇◇◇
「やだー! 何で私がそんなことしなきゃいけないのよ!!」
「何でって……お前が第一王子の婚約者だからだろ。接待も仕事のうちなんだって」
「だからって、何で私がわざわざ他国語で挨拶しなきゃいけないのよ! あの国の言葉、舌がもつれて喋りにくいんだから! 本番で噛んだら一生の恥なのよ!?」
やだー! と子供のように駄々をこねるリリスを見て、苦労人な従者――イグニスは嘆息した。
光陰は矢のごとく過ぎ去り……実に三年の月日が過ぎた。
しかし今年14歳を迎えるリリスお嬢様は……残念なことに、精神的にはあまり成長が見られないのであった。
「郷に入っては郷に従えっていうじゃない! 向こうがこの国に来るんだから、この国の言葉で挨拶して何が悪いのよ!」
「それだとおもてなしの心が伝わらないんだよ!!」
事の発端は、遥か西の国からやって来る使節団の歓迎会に、第一王子の婚約者としてリリスが招待されたことから始まった。
王宮での催し=美味しいデザートが食べられる、と刷り込まれているリリスは、一も二もなく了承した。
だが歓迎会に出席する以上は、王子の婚約者として「外交」という義務を果たさねばならない。
他国の使節を招いた時は、他国の言葉で挨拶を述べるのがこの国の通例となっている。
せめて一言だけでも西の国の言葉で挨拶をするように説得しているのだが、変なところで我が強いわがままお嬢様は、中々首を縦に振ってはくれないのだ。
仕方なく、イグニスは奥の手を使うことにした。
「そうだな、西の国と言えば……珍しいアイスがあるのを知ってるか?」
「アイス……?」
つーん、とそっぽを向いていたリリスが、「アイス」という言葉につられてこちらに視線を向ける。
よし、かかった……! と手ごたえを感じながら、イグニスは慎重にリリスを誘導する。
「なんでも『のびーるアイス』とか呼ばれてて、言葉の通りお前の身長くらいなら余裕で伸びるらしい」
「伸びる!? アイスが!!?」
「そうだ。もちろん、歓迎会ではのびーるアイスも出てくるだろう。だがな……西の国には厳しい戒律があって、『挨拶一つできないような者にアイスを食べる資格なし』とか言われてるらしいぞ」
「挨拶……」
「もちろん、西の国の挨拶だ。お前が挨拶一つできない奴だと思われたら、残念ながらお前だけのびーるアイスは食べられないだろうな!」
もちろん、真っ赤な嘘である。
だが単純なリリスは見事にイグニスの誘導に引っかかってくれた。
「嘘! やだやだ!!」
「ほら、たった一言だけ挨拶の口上を覚えればいいんだ。そうすればアイスも食べ放題だぞ~」
オズフリートから預かっていた模範的な挨拶のカンニングペーパーを渡すと、さすがにアイスの誘惑には勝てなかっただろう。
今度は、リリスも素直に受け取ってくれたのだ。
「『お会いできて光栄です。この出会いが、両国の強い繋がりへと発展することを願って――』」
たどたどしい発音で挨拶の練習をするリリスを見て、イグニスは大きく安堵のため息をついた。
この様子なら、本番までには何とかなるだろう。
――しかしこれが、「淑女の中の淑女」ねぇ……。この裏側は絶対見せられねぇな……。
きっと歓迎会でそれなりの挨拶を披露したリリスは、「難しい他国語を自由自在に操るカリスマ才女」などと、いつものように事実の八割増しでおだてられるのだろう。
中身はポンコツ娘のままのリリスは、今や皆が憧れる淑女の中の淑女とまで言われている。
……まったく、オズフリートの計略は恐ろしい。
彼はイグニスに宣言した通り、着々とリリスの地位を盤石なものに仕立て上げているのだから。
「うぅ、舌が筋肉痛になっちゃう……」
「レモンの砂糖漬け作って来るから待ってろ。あと二十回読んだら休憩にするからな」
「わかったわ」
もはや悪魔の本分を忘れかけている従者は、お嬢様の為に丹精こめてレモンの砂糖漬けを作るのだった。




