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56 闇堕ち令嬢は宿敵に猶予を与える

「それにしても、素敵だったわぁ……昨夜の殿下とフローゼス公爵令嬢」

「あの精霊の光も、お二人を祝福しに来たに違いないわ!」

「結局殿下はリリス様としか踊らなかったんでしょ? 嫌々婚約したって噂は嘘だったのね!」

「そんなの見れば一瞬でわかるじゃない! あんなに嬉しそうな王子殿下は初めて見たもの」

「他の殿方がリリス様を誘おうとしたら、颯爽と阻止してたのよ!」

「はぁ……ほんとにお似合いね」


 何とか無事に終わった春告祭の翌日。

 のんびり王城を歩いていると、そんな会話が遠くから聞こえ、イグニスはまずい……と顔をひきつらせた。


「何、どうしたの?」

「あー、そういえばこの向こうの道は閉鎖中だって聞いたような……ほら、回り道だ回り道」

「そんな話あったかしら……?」


 不思議そうに首をかしげるリリスの背を押し、イグニスは慌ててぺちゃくちゃとうわさ話に余念がないご婦人方から遠ざかった。

 あんな会話を耳にすれば、リリスが怒りと羞恥から大爆発するのは想像に難くない。


「ふふん、今日も春イチゴのチーズケーキが用意されているはずよ。昨日オズ様がそう言ってたもの」

「はいはい、それはよかったですね」


 ふへへ……と嬉しそうに笑うリリスを見て、イグニスもくすりと笑う。

 オズフリートはイグニスへの宣言通り、大々的にリリスを大切にしている様を周囲に見せつけるようになったようだ。


 ――『おそらく天使が動きを見せるのは数年後、聖女降臨の神託からだ。それまでに僕は、リリスの立場を盤石なものにして見せる。天使の妨害ごときで揺らがないほどに』


 少し前に聞いた、オズフリートの言葉が蘇る。

 一周目に何があったのかは知らないが、リリスは対外的にも王太子の婚約者としては疑問を持たれるような状態だったのだろう。

 だから今度こそは、彼女以外に王太子妃となりえる人物はいないと皆が認めるような、そんな状況に持っていこうとしているのだろう。

 それはわかるのだが……。


「こうやってお祭りがあれば、その都度おいしいデザートが食べられるのよね。私が天下を取ったら、月に一回はお祭りを開いてやるわ!!」


 ――こいつが王太子妃、のちのちは王妃に……ほんとに大丈夫か!?


 ウキウキと野心を語るリリスに、イグニスは内心で大きなため息をついた。

 イグニスやオズフリートの必死の努力の甲斐あって、少しずつリリスの評判は上がってきている。

 しかしひとたび彼女のポンコツな部分を見られれば、そんな評判の一瞬で地の底まで落ちかねない。

 そうなった時、オズフリートの怒りの矛先がこちらへ向いたとしたら……。


 ――『役立たずなゴミ以下の悪魔め……。今ここで粛清してやろう』


 彼がいつもの笑顔のままこちらに斬りかかってくる場面が、ありありとイメージできてしまう。

 ……怖い。これはかなり怖い。

 イグニスはこの時やっと、リリスがオズフリートを恐れる気持ちを理解したのだった。


「……お前も大変だな」

「ん、何が?」


 ぽんぽんと軽く頭をなでると、リリスは不思議そうに首を傾げた。



 ◇◇◇



 いつものように王子宮に足を踏み入れると、そこには先客がいた。


「リリス様! 昨日はとっても素敵でした!!」

「ふふ、ありがとうレイチェル」


 きらきらと目を輝かせてこちらへ駆け寄ってくるレイチェルに、結局昨夜はタイミングを逃しレイチェルを誘えなかったせいか、少しぶすっとしたギデオンが待っていたのだ。


「あっ、春イチゴのチーズケーキ♡」


 リリスの席には、なんとチーズケーキが特別に、2ピースも用意されていたのだ。


「ほら、君の好物だよね。召し上がれ」


 オズフリートから笑顔で声を掛けられ、普段なら「何を企んでるの!?」と警戒してしまう所だが……昨夜の余韻でまだふわふわとした気分が続いていたリリスは、笑顔で席に着いた。


「昨日は本当に楽しかったです! 私、今まで……こういったお祭りごとにはあまり参加したことがなかったので……こんなにも楽しいものなんですね」

「それはよかった。……そうだ、来月には剣術大会が開かれるから、また行ってみてはどうかな。ギデオンも参加するんだろう?」

「そ、そうだなっ……!」

「あら、ギデオン様もエントリーされるのですか?」

「あぁ、ギデオンの実力なら優勝してしまうかもしれないね」

「まぁ……!」


 レイチェルから期待のまなざしを向けられて、ギデオンは顔を赤く染めている。

 その様子を眺めながらチーズケーキを食して、リリスはくすりと笑う。


 ――こんなに穏やかな時間は、いつぶりかしら……。


 時間が巻き戻る前のリリスは、いつも劣等感と己の立場が奪われる恐怖にさいなまれ、穏やかな時間など過ごすことはできなかった。

 二周目の今も、全身全霊で仇敵への復讐を果たそうとしていたはずだが、いつの間にこうなってしまったのだろうか。


 ちらりとオズフリートの方へ視線をやると、すぐに視線に気づいたオズフリートが微笑み返してくれる。

 その途端恥ずかしくなって、リリスはぱっと視線を逸らして俯いた。

 己の頬もギデオンに負けないくらい紅潮しているとは、気づかずに。


 ――今だけ。こんな時間も今だけよ……。


 今のオズフリートは、一周目とは違いリリスに優しくしてくれる。

 何か裏があるのかもしれないが、それは事実だ。リリスもやっと、そう認め始めていた。


 ――でも、オズ様の態度も変わってしまうに違いないわ。あの「聖女」が現れたら……。


 一周目の時と同じように、きっとリリスのことなど忘れて、あの聖女を婚約者のように扱うようになるのだろう。


 ――そうなったら……きっちり二人まとめて復讐してやるわ!


 そう、その時はその時だ。二人まとめて地獄に送ってやればいい。

 その為に今は、存分に牙と爪を研いでおこう。


 ――だから、今だけは……。


 聖女が現れる、その時までは。

 リリスはリリスの人生を楽しんでもいいのかもしれない。

 祭りで踊って、お茶会でおいしいお菓子を食べて、友達と遊んで、ライバルと競って……そんな日々を、もう少しだけ満喫してもいいのかもしれない。


 ――ふふ、もう少しだけ……猶予を差し上げますわ。


 そんな思いを込めて、リリスは顔を上げてオズフリートに微笑み返す。

 すると、オズフリートも嬉しそうに笑った。



 様々な思惑が交錯する中、王国名物のバカップル……になりつつある二人は、今日も元気に静かにすれ違うのだった。

オズフリート王子のヤバい部分もとい健気な一面が露呈した「春告祭編」でした!

次話からは新章に入ります。

少し時が流れて、いよいよ聖女と二度目の対面となります!

もう折り返し地点は超えたかな?という感じなので、引き続き後半戦もお楽しみください!


面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] イグニスブロック発動 パーフェクトなサポート、完璧執事すぎる 本人しらないうちに、バカっぷる包囲網しかれてるの笑う。本人残念でも、優秀な人が周りにいるからきっと大丈夫なはず… 
[一言] 王子は2周目で腹黒に( ˘ω˘ )
[一言] >――こいつが王太子妃、のちのちは王妃に……ほんとに大丈夫か!? ま、まあ、巻き戻した張本人である王子が何とかするでしょう! ……多分。
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