54 闇堕ち令嬢はイチゴのケーキに舌鼓を打つ
「見て、春イチゴのチーズケーキがあるわっ!!」
「はいはい、よかったですね」
本日は春告祭の当日。
人間の姿に戻ったイグニスを引き連れたリリスは、王宮で催されるパーティーの会場で、季節の果物がふんだんに使われたスイーツに目を奪われていた。
聖神殿での一連の事件――あの夜の出来事については、箝口令が敷かれたのか、公になることはなかった。
対外的にリリスとオズフリートは、無事に神殿で祈りをささげたことになっている。
結界が緩み魔物が侵入した件も調査が行われているようだが、とても正しい真相が解明されるとは思えない。
――ほんと神殿って汚いわね……。いつか暴露本を書いて、悪事を日の元に晒してやるんだから!!
そう決意して、リリスはぱくりと春イチゴのチーズケーキを口にする。
途端に舌の上でとろける甘酸っぱさに、先ほどまでの憤りは霧散していった。
「おいしぃ~♡」
「それはよかったよ。君の好物だって聞いて、力を入れて作ってもらったんだ」
「うひゃあ! オズ様!!?」
いきなり背後から声を掛けられ、リリスはフォークを掴んだまま慌てて振り返る。
そこには、いつものように穏やかな笑みを浮かべたオズフリートが立っていた。
「……その衣装、すごくよく似合ってるね。素敵だよ」
「ありがとうございます……」
リリスが身に着けているのは、あちこちに花を彩った特注のドレスだ。
春告祭の当日は、春を祝い衣服に花を飾る習慣となっている。
他の女性も皆同じようなドレスを身に着けているので、これは一応婚約者として社交辞令だとリリスは判断した。
「夕方には広場でダンスパーティーがあるんだ。ギデオンが今日こそはレイチェル嬢を誘って見せるって張り切ってたよ」
「あら、彼は肝心な時にヘタレる腰抜けですもの。とても成功するとは思えませんわ」
「僕たちも一緒に踊ろう。なにしろ今年の『天の王』と『天の花嫁』だからね」
オズフリートの誘いに、リリスは渋々頷いた。
ここで断りでもすれば、「婚約者としての責務も果たせないゴミめ……!」と暗殺を早めに企てられてしまうかもしれない。
「それじゃあ、楽しみにしてるよ」
オズフリートはいつものように爽やかな笑みを浮かべて、他の来賓の挨拶へと向かっていった。
その背中をじっと見つめて、リリスは小さくため息をつく。
「はぁ、いつ見てもあの笑顔は恐ろしいわ……」
「……でも、今のところ何かされたわけじゃないんだろ。もうちょっと信頼してやってもいいんじゃね?」
「ほらー、そうやって騙されるー!! あの笑顔は罠よ。私の油断を誘おうとしているに違いないわ! ふん、私は絶対に騙されないんだから!」
ふんふん言いながら熱くなるリリスを見て、イグニスは苦笑した。
リリスは、オズフリートが自分に執着し守ろうとしているなどとは、夢にも思っていないようだ。
あの王子のなんと哀れなことだろう。いや、『それが愛情であれ憎悪であれ、リリスから強い感情を向けられるのは、僕にとって何よりの幸福なんだ』などとのたまう彼のことだ。
ある意味、今の状態も楽しんでいるのかもしれない。
……まったく、人間の心は複雑怪奇だ。
少しでも機嫌を直そうとリリスの好みそうなスイーツを取ってやりながら、イグニスは人知れず口元に笑みを浮かべた。
突発短編を投稿しました!
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「シンデレラの姉ですが、不本意ながら王子と結婚することになりました」
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童話のシンデレラをモチーフにした(つもりの)お話です。
サクッと読める長さかと思いますので、お暇なときにでも是非どうぞ!